さらなる関門
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そう思った私は師匠の動きより、ワンテンポ速く動き出した。
それに気づいた師匠は一瞬目を見開き、すぐさまにやりと笑った。
「そうだ!それで俺を捕まえてみろ。」
焦ってはダメ。感覚が鈍る。
さっきとは段違いに捕まえられる確率は上がったけど、いまだ決定打には至っていない。
その事実は私を焦らせ、苛立たせようとしていたけど、必死に収めていた。
師匠だって完璧ではない。絶対にどこかで隙が生まれるはず。その瞬間を見極めないと。
そう思いながら、師匠の動きを読んで動いていると、あることに気づいた。
師匠は方向転換をする時に一瞬動きが遅くなる。
多分、体が大きいからどこにも当てないように気をつける癖がついてるんだと思う。
でも、これを利用しない手はない。
私は小さな師匠の弱点をどこで利用するかを考え始めた。
これだけじゃ、外す可能性が高い。
何か、他にないか。
頭を必死に働かせていると、ある作戦を思いついた。
そして、実行するために師匠へと一気に距離を詰めた。
師匠は逃げずに、何が来るかと構えていた。
そこで、私は拳をつくり素早く師匠へと繰り出した。それを難なく避けようとした師匠の顔色が変わった。
何故なら、わざと当てなかったからだ。
何発も繰り出しながら、師匠には当たらない絶妙なところで止めていた。
自由に動けるスペースを極端に奪って、壁際へと追い詰めるためだ。
もとより、師匠に当てられるとは思っていない。
そして、壁際に追い詰めたところで、やっぱり師匠は方向転換をしようとした。
その瞬間、私は視界から消えた。
その後、私は師匠の足をとっていた。
仕組みはこうだ。師匠が方向転換する時に動きが遅くなるといってもほんの少しの事。
だから、わざと拳は当てずに自由を奪い、壁際に追い詰め、方向転換しようとした時に視界から消えて、動きが甘くなる足へと迫ったってわけだ。
「合格だ。」
師匠は驚きの表情を浮かべた後、嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。
それから、言葉を続け、
「お前は頭が良いし、動きもかなり速い。ただ、男と力比べをしたら負ける。なら、速さに特化した動きをして相手の動きを読み取れるようにすればいい。」
私の目指すべき動きを教えてくれた。
「まあ、第一関門突破といったところだな。」
最後に師匠はそう言って、疲れで座り込んでる私に手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます…。」
頭を使いながら、動くとかなりの体力を消耗することが分かった。
しんどすぎる。
息絶え絶えな私に、
「今日のところはこれで終わりだ。明日は次の段階に入るから、しっかり休め。」
稽古の終了を告げ、師匠は奥へと入っていた。
私は慌ててその後ろ姿に
「あ、ありがとうございました!!」
と叫んだのだった。
屋敷に戻った私は、すぐにベッドへとダイブした。
まだ昼過ぎだし、全然寝る時間じゃないけど、もう我慢できない。
ちょっとぐらい良いよね。よし!寝よう。
そう思った数秒後には眠りの世界へと私は入っていた。
コンコン。ノックする音がして、私は目が覚めた。
外の様子を見るにもう、夕方らしい。
ガバッ!!
慌てて飛び起きた私が
「ど、どうぞ…。」
と返事をすると、
「失礼いたします。」
入ってきたのはユラだった。
厨房ではよく会うけど、この部屋で会うのは久しぶりだった。
「どうしたの?ユラ。」
私が尋ねると、
「突然なのですが、お嬢様は文字の読み書きはできますか?」
ユラは私に逆に尋ねてきた。
そう聞かれ、私は一瞬固まった。そういえば…
この世界で文字を見たことがない。
つまり…?
読めないし書けないじゃん!!
そんな大切な事、今まで気づかなかったなんて…。
学園に行く時にどうするつもりだったんだ。私は。
「いや、読めないし書けない。そうだよね。本とかまず見た事ないし。肝心な事忘れてたよ。」
私がすごい落ち込みながら、そう言うと、
「いえ、大丈夫です!侯爵様が私を呼び出してお嬢様に教えるよう言われたので!!」
ユラは私を元気付けるように言った。
侯爵もたまには良い事を言うらしい。
「本当?教えてくれる?」
私が拗ねた様子で聞くと、
「勿論です!こう見えても結構裕福な商家の出なので、読み書きはバッチリです!!」
ユラは胸を張って答えた。
「ユラ、貴方は私の神だわ!!」
ユラのその様子がとても頼もしく感じ、私は思わず抱きついた。
ユラは驚いたようだったけど、私を抱きしめ返してくれた。
そして、
「では、明日から教えさせていただきます。時間は何時ごろがよろしいですか?」
と聞かれた。
朝は師匠との稽古があるし…。
「じゃあ、3時ぐらいでお願い!」
私がそう答えると、
「分かりました。それでは、私はこれで失礼いたします。」
ユラは私にお辞儀して部屋を出て行った。
はあぁ。文字とかすっかり忘れてたよ。前世とは全く違うに決まってるよね。
そう思って物思いにふけっていると、ある事に気がついた。
あれ?今、私はいつもの地味なセリスティアの格好してないよね。
それに、さっき…。
ああああ!!ユラに素で話しちゃった!!それも、変装してない方で!!
やばいやばいやばい!!どうしよう…。
かなり、混乱していた。だって、今まで隠してきたのに!今までの努力が水の泡じゃん!!
そこまで考えたところでさらなる疑問が出てきた。
何で、ユラは私の姿や言動に驚かなかったの?
あからさまに違うよね。
なのに、ユラは全く動じていなかった。
いくら、ユラが優秀なメイドだからといって表情すら変えないと言うのは無理があるよね。
そこで1つだけ納得のいく理由を思いついた。
私の素を知っている人が1人だけいる。
そう、フィンだ。
あいつがユラにバラしていたのだとしたら、ユラの態度にも納得がいく。
というか、もう、そうとしか考えられない。
私は目に怒りを宿し、決意した。
あいつ、絶対に締める、と。
次は番外編です。




