第95話 歴史
深夜も2時を回った時間帯に。
深春は他の事務所で打ち合わせに、そして都とユキナはまだ、事務所で話し合いを続けていた。
「へーっ、じゃあ影ながら支援は受けてたんだ」
「そうどす」
無人の事務室で、女性と猫1匹が話し合っているという、ちょっと奇妙な光景だったが。
当人たちはそんなこと露ほど気にせず、話を続けた。
「飢饉が起こってウチの正体がバレそうになって、結局追い出されたのは事実どすえ。
せやけど、それでも響兵衛はんの支援をこっそり受けて、それで1年ほど放浪できたんどす。
そんで偶然、京都の神社の神主さんに拾われて今に至るんやけど、その間もずっと響兵衛はんにはお世話になったんえ」
「へー………ふむふむ」
椅子に座って自分の資料をぱらぱらめくりながら、都はぱぱぱっと赤ペンで資料を訂正していく。
「それにしても………」
その様子を机の上でじっと見ていたユキナは、資料をじっと見つめると、
びりっ!
自分の爪で資料を破くと、不機嫌そうに口を尖らせた。
「ウチ個人の歴史やからしょうがないところがあるにしても、響兵衛はんが悪者扱いされとんのは理解できまへんえ!」
「まぁまぁ。番組ではそこら辺、そうならないように気をつけるから」
その様子を苦笑して見ながら、ユキナを慰める都。
「せやけど………」
「ま、歴史なんてそんなもんよ。例えばこんな話があるわ」
都はぎしっと椅子にもたれかかると、くすくすと笑った。
「とある高層ビルがあるとするわね? それがある日突然、隕石か何かで消滅しました。
そして数千年ほど後の未来人が、その高層ビルの跡を調べると、1ヶ所に多数の人の骨が出てきました。
さあ、それを知って彼らは、その高層ビル跡地はどんなところだった、と考えるでしょうか?」
「へ、う〜ん………人が密集してるんやから、おしくらまんじゅうでもしてはった、とか?」
「………それもあるかもしれないわね」
あんまりそう考える人はいないだろうけど、と都は苦笑しながら自分のノートパソコンの電源を入れた。
「まぁ私ならこう考えるわ。
『こんなに人の骨が密集して出てきたんだから、ここはお墓だったのかもしれない』
てな感じでね」
「………そうどすか?」
その答えに不満そうな顔をするユキナ。
「言っとくけど、この問いに正しい答えなんてないわよ?」
まぁまぁ、と都の左手はユキナの頭を撫でながら、右手は画面も見ずに入力されていく。
「大切なのはユキナや私のように、本当はただの高層ビルなのに、不確かな知識のおかげで全く別のものに思えてしまうってこと。
この話はね。他人から見たその人の過去はしょせん、想像力に支えられた不確かなものでしかない、ってことを言ってるの」
「へー………」
感心した声を出すユキナ。
「ま、こんなのただの例え話で、実際にはもっと色々調べて、歴史もより正確なものに近づくんだけど」
ぱぱっと資料に眼を通しながら、少し懐かしそうに目を細めた。
「私の大学時代の研究テーマでもあったんだけどね。歴史的認識の多様な不確実性、とか何とか言って………」
少し沈黙すると、その間に都は冷めてしまったお茶をぐいっとあおった。
「ヒトラー、マリーアントワネットとか、そんな歴史的に見て悪者扱いされることが多い彼らも、実はそうでなかったかもしれない。確実と思われていた事象も、いつかひっくり返されることがあるかもしれない」
そう言いながら、パソコンをカタカタと叩き、先ほどユキナに指摘されたことを踏まえてドキュメンタリーの内容を修正していく都。
「その人の過去はその人にしかわからない。そういうもんなのよ」
そう言って、かたん、とENTERキーを押した。
都のたとえ話、実は私のオリジナルではなくどこかの本に書かれていたことだったりします。どの本だったか忘れましたし、内容もうろ覚えでしたけど。
追記:すみません。パニカルもでしたけど、今回は書くのが非常に難しかったので、投稿後30分間ほどで見直しをした結果、結構改変させてしまいました。