第94話 決意
「なんでって………」
なぜそんなに過剰反応するのか、響太にはわからなかった。
『なぜそこまでするのか?』
静かな台所で、雪の泣きそうな叫び声で言われた言葉が、響太の頭の中をぐるぐる回った。
「なんでですか! 赤の他人の、むしろ厄介ごとの種になりそうな私を庇うなんて、普通ありえませんよ!」
真っ赤な顔で、キッと睨んできた。
「出て行かせたいならそうすればいいじゃないですか!」
「そんなわけないだろ」
どうにかそう答えたが、雪は一層響太を睨みつけた。
「それは同情ですか!? 下手な同情なんかいりませんよ! むしろ迷惑です!」
「え………」
雪のその言葉に、響太はことのほかショックを受けていた。
同情かと言われたら、正直よくわからないが………
(………迷惑?)
雪のため、良かれと思ってやったことだった。
ユキナと似た、幼いこの子を。自分の手で守らなければと、使命感のようなものもあったのかもしれない。
だから……迷惑だと思われていたなんて、正直思いもよらなかった。
「は、ははは……」
響太は小さく、自嘲気味の乾いた笑いをもらした。
(……やばい、泣きそうだ)
んなみっともないマネできるか! と必死で自制していると……
「………そんな顔しないでくださいよ」
響太の泣きそうな顔を見ると、雪は悲しそうに視線を反らした。
「期待しちゃうじゃないですか」
「へ………?」
響太はその不可解な言葉に思わず間抜けた声をあげると、雪はその間に「なんでもありません!」と
「とにかく! 私は出て行きますから! もう構わないでください!」
(………!!)
出て行く。
その言葉に、
「それはダメだ!!」
「………!!」
響太は驚くほど過剰に反応した。
存外大きな声と、感情が引きずり出てきたことに内心驚きながらも、口が止まらなかった。
「ここから出ていってどうするつもり? また餓死寸前になって山の中をさ迷うつもりか? そんなの俺が許さない!」
「か……関係ないじゃないですか、そんなこと!!」
負けじと雪も言い返すが。
「関係ない? なんでさ!? こうして何年も一緒に暮らしてきて! 今更関係ないなんて言うなよ!!」
実際に雪と一緒に暮らしたのは響太ではない。響兵衛だった。
なのに、響太の中には、雪を大切にしたいという、そんな愛情のような気持ちが溢れていた。
(………ああ、そうか)
唐突に、響太は理解した。
(これ……きっと響兵衛の気持ちだ)
金髪の異邦人であるこの子に対し、戸惑いと不信感を覚えながらも。
それでも一人間として、彼は雪を大切に思っていたのだ。
「………だからさ」
雪は言葉をつまらせ、驚きで身体を固まらせていた。
響太は少しずつ落ち着きながら、ゆっくりと言葉をつむいだ。
「雪が悲しいと俺も悲しいんだ。だから、そんなこと言うなよ」
響太が、というより響兵衛として、万感の気持ちをこめてそう言ったのだった。
「………う………ああ」
雪は泣きそうになりながら、言葉にならない声を出した。
***
「………っと」
再び、響太の部屋。
ふすま一枚向こうでは千鶴が寝ているのを意識しまいと念仏のように唱えながらも、響太は筆を置いた。
響太は響兵衛の日記に、書くことを全て書くと、んーっと大きく伸びをした。
「どうにか間に合ったな」
時間は真夜中だった。
あの後、一時的に響太が見張りについてお風呂に入らせ、そして各自部屋に戻って今に至る。
それにしても、本当に虫の音意外に少しも物音がしない。響太がいた町なら、バイクのうるさい音とか、どっかの酔っ払ったおっさんの叫び声とかで、深夜でもうるさい時があるのに。
そんなシーンとした中で気だるい眠気が、響太を襲う。
「後は、これを読んでくれれば………」
ふぁ〜っとあくびをすると、響太はこてっと机に突っ伏した。
「千鶴には悪いけど……」
響太には、千鶴と同じ臥所に戻る気はまるでなかった。
純情な高校生ですから!
「おやすみ………」
授業中に培った机で眠る技術を駆使し、響太はやがてすやすやと寝息を立てるのだった。
***
寛永14年、9月29日
今年は飢饉にくれぐれも注意を
それと、雪を大切に




