第7話 雨宿り
それから、数日経った、ある日のことだった。
響太はとぼとぼと下校していた。
(なーんか、変な夢ばっか見るんだよなぁ………)
公園で見た、玩具売り場でむずかる少女と、その姉らしき人の夢。
ぼんやりしているし、よく覚えていないのだが最後は必ず視界がぶれていた。
(気味悪いよなぁ………)
まさか本物の幽霊の仕業か………公園で「幽霊には気をつけろ」といった女性のことが思い出され、響太はぞっとした。
ぽつぽつ………
「………雨か」
響太は折り畳み傘を取り出した。
(あの日も、こんな天気だったよな………)
だんだん雨脚が強まり、すぐに土砂降りになった。遠くでごろごろと雷の音まで聞こえる。
「うわー、本格的に降ってきたな」
夕立だった。
周囲には傘をささずに急いで走っている人が目立った。
(あっぶなー………天気予報聞いといて良かった)
「ああん、もういきなり降るんだから……」
そこには雨でぬれたポニーテールの女性がいた。
店先の屋根でどうやら雨宿りをしているらしい。
(ふふふ、負け組だな。天気予報のお姉さんの話をちゃんと聞いてないからだ)
響太が勝ち誇った顔をしていると
「天気予報の高橋め、なーにが『今日は大丈夫!』よ。アメダスに文句言ってやろうかしら」
と、明らかに矛盾した言葉が聞こえた。
「え、いやちゃんと『変わりやすい天気だ』って言ってたと思うが………………」
「うん? 何あなた」
響太のつい言ってしまった独り言を、その女性は耳ざとく聞きつけた。
「ああ、いや。天気予報通りの雨模様だと思ったから、つい」
「………それ本当?」
「ああ。バッチリ予報どおり、ですよ」
うっかりタメ口でしゃべりそうになったところを、響太はギリギリで抑えた。
見た感じ響太より少し年上に見えるが、親しみやすそうな柔らかな雰囲気がその女性にはあった。
(………気のせいか。どっかで見たことあるような、無いような………)
どこの人だろうと考えていると、女性は小さい声で何か呟いた。
「…………高橋め。はめたな」
「え?」
「ああ。なんでもないの」
即座に女性は表情を明るいものにかえた。
「教えてくれてありがとうね。ところで1つ聞きたいんだけど、この町の駅ってどこにあるか分かる?」
「ああ、駅、ですか。ええと、ここをまっすぐ行った突き当たりを右に曲がって、その後2番目の交差点を左に曲がって、そして橋が見えるからそこを越えたら………」
「………ごめん。複雑でよく分からない」
「タクシー乗り場ならすぐ近くだから、そこを教えましょうか?」
「………電車賃以外に今持ち合わせがないから、それも無理」
「じゃあ紙に書いて………はダメか。湿気るから。だったらそこまで案内しましょうか?」
響太としては親切で言ったつもりだったのだが、女性はちょっと渋るような顔をした。
「ああ、けど時間無いし………。仕方ないか」
小声で言ってるから何を言っているか、響太には聞こえなかった。
「じゃあ、ごめんね。お願いするわ」
「分かりました」
(さあ、この女性を送ったらコンビニで何かつまむもんでも………)
とか考えていたら、響太は途中で思考がフリーズした。
「………なんで傘に入ってるんですか」
「なんでって、傘持ってないから。何で私が雨宿りしてたと思ってるの、君」
「えええええええ!」
雨宿りをしていたのだし、至極当然のことなのだが、響太は言われるまで気づかなかった。
(…………あの夢で思考がダメになってるのか、俺)
「気にしないで。私なら蛇にでも噛まれたと思って忘れるから」
「いや普通、蛇じゃなくて犬だから」
蛇なら忘れられないだろう、と思いながらもしょうがなく、響太は人生初の相合傘を実行した。
(うわ。周囲の目線が痛いわこれ。恐るべし、相合傘)
それに隣の女性と肩が当たってるし、息遣いとか聞こえるし、少し自分の背が高いせいで女性の顔を見ようと思ったら必然的に結構大きな胸の谷間が見え………という感じで、響太はつとめて冷静でいようとしたが、全然うまくいってなかった。
「にしても、よく降るわねー」
響太の混乱を知ってか知らずか、女性はこの状況も周囲の視線も何も気にしていない様子で話しかけてきた。
「にわか雨みたいですからね。あと1時間もすれば止むんじゃないですか」
「そう………ここらへんの人? あなた」
「ええ。まあ。あなたは?」
「仕事でここに来たばっかりなの。だから地理とかよくわからなくて………」
「へぇ。仕事は何を?」
「歌手」
「え?」
「冗談。でも、放送業界なの」
それから女性は、これこれこういうチャンネルでこういう番組がある、こういう企画が今持ち上がっているなどなど、放送業界の様子を面白おかしく語った。
響太も、母の都が同じく放送業界にいるため、その辺りの話題を気がつけばいろいろしゃべっていた。
初対面の人とはあまり話せない響太にとって、この人と話している時間は意外にも楽しかった。
(不思議だな………)
湧き上がってくる高揚感に戸惑いを覚えていると、いつの間にか駅についていた。
「あっ、ここですよ」
「そう。ありがと!」
響太は、気のせいかたった10分で随分打ち解けた気がしていた。
「あなた、名前は?」
「へ、ああ。山田響太です」
響太も女性の名前を聞こうとしたが
「ふーん………」
となぜか至近距離でじろじろと見られ、言い出しにくくなった。
整った顔が間近に迫る。仄かに香る香水のにおいに恥ずかしくなった響太は目をそらし
「えーと、駅に着いたのでそろそろ傘から出てくれると、恥ずかしくなくて済むのですが……」
「あ、ごめんね!」
パッと離れると、女性は笑顔でこう言った。
「私はカミヤミハルっていうの! 送ってくれてありがとう。じゃあね!」
そう言ってウィンクすると、そのままプラットフォームを駆けていった。
…………………カミヤミハル?
……………神谷、深春? アイドルの………?
「なにいいいいいいいいいいい!」
人目もはばからず、響太は1人で大絶叫した。