第3話 1人
「…………はー」
部活動紹介と新入生歓迎会が終わり、HR前の休憩時間。響太は余韻覚めやらぬ様子だった。
「さすがミハルちゃんだろ! やっぱ生は違うなぁ!」
健はもっと興奮していた。
「………あれ、やっぱ本人か」
「当然だろ! あの声! あの迫力! 俺の五感全てをMAXにさせるのはミハルちゃんしかいない!!」
「五感うんぬんはともかく………やっぱ有名歌手は俺らなんかとは毛並みが違うな。同じ人間とは思えない迫力があった」
(教師連中ですら「ブラボー!」とか言って腕を回してノリノリだったからな)
はぁー、と響太と健は二人そろってため息をついた。
「………まさかいきなりコンサートをやられるとはな」
結城が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「おかげで後の部活動紹介が思い切り霞んでしまった」
「え? あのコンサートをやること、知らなかったのか?」
「俺たちは何も聞かされていなかった。学校側と報道部の独断だ。くそ、紀子め………」
「ま! けどアイドル歌手の生の歌声が聞けたんだ! よしとしようぜ!」
健のハイテンションは長く続きそうだった。
「ミハルちゃん! この学園に在学していたことは知っていたが! まさか本当に生で見れるとは思わんかった!!」
「え、この学園に在学? 神谷深春が?」
「「………」」
響太の疑問は、結城と健の冷たい目線で返された。
お前、知らなかったの?
「え、嘘だろ!? だって俺、神谷深春を校内で見かけたことなんざ1度も無いぞ?」
「そりゃあほとんど通学して無いからな」
やれやれという風に健が答えた。
「そんなの生徒と言えるのか?」
「月何回かのテストや宿題をやることで、出席については勘弁してもらってるらしい」
「てかほとんど来てないのになんでお前ら彼女が在学してるって知ってるんだ!?」
「報道部が流してたから。しかもかなり大々的に。去年の今頃だったかな」
「知らんぞそんなこと?」
「むしろ知らない響太に驚いた。地方欄だけど新聞にも載ったし、そのおかげで今年のウチの入学希望者の倍率は10倍超えたとか言ってたのに。ま、アイドルが普通の学校にいるってのはかなり珍しいからな」
(………普段新聞を見ない自分が悲しい)
響太が自分の世間知らずにずどーんと落ち込んでいると、「あー、疲れた――………」と言いながら、紀子が帰ってきた。
その顔は疲れてはいたが、何かをやり遂げた人という感じに、とても満足した表情をしていた。
しかし、クラスの連中が今回の立役者である紀子を放っておくわけが無かった。
「紀子おつかれ―――!」
「すごかったね!」
「いきなりでびっくりしたよー!」
「深春ちゃん、間近で見たんでしょ! どうだった?」
てな感じで紀子に次々と集まっていった。
「へ? ちょ、ま……………」
紀子はあっという間に人垣の中に消えた。
「………呑まれたな」
「ああ」
「…………」
3人は、紀子に向かって「なむあみだぶつ」と手を合わせた。
『ってゆうことがあったわけですよー』
(不思議なもんだな………)
今日、舞台の上で歌っていた神谷深春が、今夜こうして歌番組に出ている。
こうしてテレビを見ていると、舞台上に彼女が立っていたことが夢みたいに思えた。
『それはすごいですねぇ』
いかにも鼻の下のびてますって顔で、司会役の俳優が相づちをうっている。
(明日、健が「あの兄ちゃんぶっ殺す!」とでも言いそうだな)
「………ふぅ」
誰もいないダイニングに、テレビの音と肉を焼く音だけが響く。響太は夕飯のチキンソテーを作っているのだが、都の帰りはいつも遅く、作っているのは自分の分だけだ。
「いつものこと…………」
響太は自分にそう言い聞かせた。
(そう、いつも通り。一人だけで見るテレビも、こうやって料理を作りながら暇つぶしをするのも)
都も仕事が忙しいのだから、しょうがないことは分かっていた。響太は死んだ父親のことは知らないが、彼がいないのだから自然、稼ぐために頑張らなければならないことも。
だから誰かがこの食卓に来ることはほとんどない。
(………我慢しよう。少し寂しいぐらい、なんてことない)
「………はぁ」
夕食ができた。おいしそうに照り輝く鶏肉が、響太は少しうらめしかった。
(むっ、しまった、しんみりしてしまった!)
「ファイトいっぱーつ! ………って俺はリポ●タンDかい」
馬鹿やって無理やり元気出そうとしたが、広くて殺風景な家では逆効果だった。
(さっさとメシ食って寝よ)
『それでは、歌っていただきましょう。神谷深春さんで「Lovers!」』
ちょうど歌うところだった。「fly up」とは少し違った軽快で明るく、そして甘いメロディが流れる。
(………これはこれで良いな。元気づけられる)
響太が神谷深春の歌が好きな最大の理由は、その声の質にあった。
人並み外れて高いわけでも、低いわけでもない。しかし、どこか他の歌手とは違う、別世界へと連れてってくれるような、不思議な声。
「…………………」
しばらく響太はぽけーっとテレビを見ることにした。