第38話 複雑
「………もう嫌だ、こんなの………」
響太は力なく机につっぷしていた。
「諦めろ。それが天命だ」
前の席にいる結城が、ちらりと響太を見ながらおざなりに響太を慰めた。
HRの時のできごとだった。
「山田深冬といいます! みなさんよろしくお願いします!」
(な………!)
山田深冬と偽名を使って再びこの学校に転入してきた深春に、響太は驚きを隠せなかった。
「あ、あのー! せんせー!」
隣で紀子が焦りながら手をあげた。
「なんです?」
「どういうことですか、その………」
なんで深春がここにいるんだとかなんで普通に通わないんだとかいろいろ疑問はあるが、これを本当にこの場で聞いていいのか紀子は悩んで。
結局。
「山田って……」
深春の偽名の苗字だけを聞くことにした。
なんで都や響太と同じ苗字なんだと。
「あー、そう。察しているとは思うけど。響太と深冬。2人とも私の子供よ」
『は!?』
都はさらっと爆弾を落とした。
生徒全員があんぐりと口を開けたまま動かなくなった。
「え? え? けど」
紀子はパニックになった様子で都、深春、響太とおろおろ視線を移す。
「4月に響太を産んで、それから1年もたたずに産んだ子だからね。深冬は」
『…………』
(馬鹿な―――!)
もちろん都のでっちあげである。
しかしあまりにも衝撃的すぎる事実に、クラス一同愕然とした。
そんな生徒たちの様子に頓着する風も見せず。
「じゃあ、時間もないから。深冬は響太の横、あそこの窓際の席に座ってね」
「はい!」
深春は元気よくそう言うと、開いていた響太の隣の席にすとんと座った。
「これからよろしくね、お兄ちゃん!」
………てな感じで。
………1時限目の休み時間はようやく思考することを取り戻した教室は大騒ぎだった。
響太は深春との関係をあること無いことクラス中の人間に吐かされた。
(警察の尋問より100倍恐かった………)
そして響太は、いつもは眠い2時間目の国語がここまで心地よい時間に感じられる自分に驚いていた。
「隠しているとはいえ有名アイドルが転校してきたんだ。騒ぐのも当然だろ」
結城は響太にだけ聞こえるよう絶妙の声音で言った。
「お前、気づいてたのか……」
深春と都が作った、深春たちは家族であるという体裁は、どうにか受け入れられた。
少なくとも今の深春が『神谷深春』であるというこに気づいているような者はいない。
「他の生徒は気づいてないみたいだがな。タイミングといい名前といい、むしろ気づかない方がおかしい」
(確かに。ぱっと見本人と違っているのは名前と、髪型ぐらいだからな)
「なんで気づかないんだウチの学校の連中は」
「そういうものだ。女は髪型や化粧で雰囲気ががらりと変わるらしいからな」
(そういう問題なのか)
響太はふーん、と相づちを打った。
隣をちらりと見ると、わずかに響太たちの会話が聞こえていたのか、してやったりという顔でVサインしている深春と目があった。
(………………はぁ)
その無邪気な様子に、いろいろ問い詰める気力をなくした。
けど同時にちょっとわくわくしてきてる自分に苦笑する。
そして前を向き授業を聞こうとしたところで………
「…………………」
「……………ん?」
ぼーっとした顔で頬づえをついている紀子の様子に気づいた。
(………なーんかなぁ)
紀子は退屈していた。
心の中は穴が開いたみたいにスカスカになっており、そのくせその中に隙間風が入ってきてるみたいに、ときおりちくんと痛んだ。
(……………深春が来た)
本来なら、それはとても喜ばしいことだった。
いつもアイドル業で忙しかった友人が、こうして仕事を休んでまで学校に出てきたのだから。
………いつもの自分なら喜んでいるはずた。
………なのに。
(………はぁ)
今日の自分はそうではなかった。
………むしろ。
(………なーに考えてんだろ、あたし)
紀子は自分が抱いた考えを振り払うように首をぶんぶんふった。
そして鞄に入った、朝一生懸命、だけど鼻歌を歌いながら楽しく作ったお弁当をちらりと見た。
(………捨てようかな)
なぜかやけっぱちになっている自分に、ひどく嫌気がさした。




