第37話 都の外側
「突然盲腸で入院してしまった生駒先生の変わりにあなた方の担任を勤めることになった、山田都といいます」
スーツ姿でぴんと背筋を伸ばし、やり手のキャリアウーマンのような様相だった。
(………あれ、ほんとに母さんか?)
響太は自分は夢を見ているのではないかと思い、自分の頬をつねった。
痛かった。
(まずい………これ、現実だ)
隣の席でも紀子が口をあんぐりと開けて放心している。
「担当教科は生駒先生と同じ数学です。生駒先生がやっていらした野球部の顧問も引き継ぎます。至らぬところもあると思いますが、これから2年間。みなさんよろしくお願いします」
そして模範のように綺麗なおじぎをした。
(えー! 誰アノ人?)
普段の都とはまるで違うその姿に響太たちはびびりまくりだった。
そんな響太たちの内心とは関係なく、他の呑気な生徒たちは「おおおおー!」と歓声をあげた。
美人(見た目だけなら)教師の襲来である。
これで騒がない方がおかしい。
「せんせー!」
ノリのいいさわやか男、佐藤が手をあげた。
「なんですか?」
「趣味はなんですか?」
「そうですね。暇なときでしたらよく科学雑誌を読みます。あとはたまにプログラミングの真似事もしてますね」
おー、すげー! と声があがる。
そんな中で、健がおずおずと手をあげた。
「あ、あの………野球部の顧問をするとのこと………でしたけど」
自分が所属する部活のことが心配なのか、健はおっかなびっくりそう聞いた。
普段の都を知っている数少ない生徒の1人だ。ゆえにいつもの元気はどこへやら。借りてきた猫みたいに大人しい健だった。
「野球の経験は、学生時代にソフトをやっていたというぐらいです。村田くんが心配する気持ちもわかりますが、生駒先生から野球部の練習内容や運営については詳しい話を聞いてますから。練習内容などは基本変わらないので安心してください」
「そ、そうですか」
ちょっとだけほっとする健。
ついでナンパヤロー伊達がにやけた顔で言った。
「今付き合っている人はいますかー?」
(何その質問!)
響太は驚きに満ちた顔で伊達を見るが、都はすました顔で動揺した様子もなかった。
「一応、既婚者ですよ私は。子供もいます」
『ええええええ―――!』
ガーン!
男子生徒たちが、チルリーン! とベートーヴェンの音楽が鳴っているかのごとき表情をした。
(………あのー。何をそこまで驚いてらっしゃるんでしょうか?)
思わず敬語になりながら、響太はもう何がなんだかわからなかった。
何、このカオスフィールド?
その後もいろいろな声があがるが、都は「はいはい」と手を叩いてみんなを静めた。
「今は時間がありませんので、私に関する質問は後の休み時間や数学の時間にでも受け付けます」
そう言うとパッと出席簿を開いて、出欠を取った。
………なんだか非常に手際がよかった。
(うっわ………)
響太は都が働いている姿を初めて見たが………
(母さんって、仕事してる時はこんなにすごいんだ……)
身内の見知らぬすごいところを見た響太は、なんか胸がむずかゆくなった。
「山田くん」
「あ、ハイ!」
出欠確認のため都に聞きなれぬ呼ばれ方をされ、響太はびくりとした。
「さて………」
都はパタンと出席簿を閉じると、みなをぐるりと見渡した。
「これから連絡事項を伝達しますが、その前に。みなさんに転校生を紹介します」
(あ………!)
響太はこれまでの騒動で、転校生のことをすっかり忘れていた。
(そういや転校生が来るんだったな。どんな人なんだろ)
「せんせー! 転校生は男ですか、女ですか!」
伊達がまたしても質問する。
「かわいい女の子ですよ」
その言に微笑みながら答える都。
『おおおお―――!』
またしてもクラスのボルテージがあがる。
(女の子か………)
深春じゃないなら、一体誰が………
頬づえをつきながらそんなことを考えていると。
「深冬さん。入ってらっしゃい」
都はドア越しにいるであろう転校生に向かってそう言った。
(み…………ふゆ?)
ガラッ
「「………え?」」
隣の紀子と響太の声がユニゾンした。
転校生はポニーテールをゆらし、軽い足取りで黒板の前に立った。
かつかつ……とチョークの無機質な音が響く。
転校生は自分の名前を黒板に書き終えると、セーラー服をひるがえしながらくるりと振りかえった。
「山田深冬といいます! みなさんよろしくお願いします!」
(((ちょ………)))
今度は声すらでなかった。
響太、健、紀子の3人は口をぱくぱくと金魚のようにさせるだけだった。
(深春………!)
そこには少し髪型や化粧など雰囲気を変えてはいたが、現在休業中のアイドル、神谷深春がいたのだった。