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お願いします、神様。


そこにあるのは一つの誓いと、一つの失敗。


願ったことは、あなたの幸せ。

手にしたものはあなたとの幸せ。


しかし、神はどこまでも残酷で、人の心を弄ぶ。



あなたのことが好き。


私の心がそう叫びだしたのは、もう何年も前のことだ。


あなたに好きになってほしい。

私を見てほしい。

笑顔になってほしい。


心から漏れてくるその言葉の濁流に、私は堪えられなかった…。

心を押さえつけるために私は、言葉を捨て、神様に誓った。


でも、それももう終わりにしなければ。

だって、口を開けばあなたへの愛が、感情に従えばあなたのことを、ずっとずっと、想い続けてしまうから…。




それを世間は許してくれない。

私の気持ちを許されざるものにした。


理由はひとつ。


だってあなたはもう、この世にいないのだから…。






小学校。

ワクワクドキドキ。擬音で表せばそれくらいの興奮で、入学した私はあなたに出会った。



*****


「僕は田崎深夜です!好きな食べ物は、えぇと…は、ハンバーグです!」

式が終わり、振り分けられたクラス。

憧れていた小学校、初めての自己紹介であなたはそう言ってから、私の隣の席に座った。

周りの子達もみんな緊張していて、私だけじゃないのは嬉しかったけど、それでもやっぱり恥ずかしい。

じゃあ次、と担任の池崎先生はどんどんと進めていく。

とうとう私の番になり、お腹がいたくなってくる。心臓もばくばくいって自分でもわかるほどに脈打っていた。

「じゃあ次、三詰さん」

池崎先生が私の名字を呼ぶ。それを受けて私は震える膝で立ち上がる。椅子を蹴っ飛ばして後ろの席にぶつけてしまうが、気にしていられる余裕はなかった。

「わ、は、わはひは、、」

言葉がでなかった。口の水分がなくなって口の中はパサパサだった。

兎に角名前を、それだけ言えれば。

「はさしは、みふめ、すん、です…」

言えなかった…。

「何て言ったのぉ?」「わけわかんなーい」「しゃべれないの~」

色々な声が私の耳に届く。

は、恥ずかしい…。

「三詰さん、座って良いよ」池崎先生がそう言ってくれましたが、膝の震えは最高潮に達し、私の制御下をとっくに離れていました。

周りの子の声ははっきりと聞こえます。そして心に刺さります。

「ほら、座りなよ」

固まって動かない私に笑顔向けて、座れるように椅子を押してくれた。その笑顔をみると、自然と足の震えは小さくなってなんとか着席することができたのです。

私は心の底から安堵し、感謝しました。

そしてなんともちょろいことに、この事で私はあなた、田崎深夜君が好きになったんです。


遠くから眺めるだけ。

深夜君はとても優しかった。

誰にでも公平に、区別なく平等に優しかった。

誰とでも仲良くなるし、誰にでも話しかける。

小さい子には優しくし、お年寄りにも優しくした。

そんなあなたは、本当に誰にでもモテた。

小学生はそれでなくてもませていて、付き合うとかそういう事に敏感だった。好きな子の話は「秘密だよ?」と念を押してもすぐに公になった。

同じクラスの女の子の半数は小学6年生の時点で深夜君のことを好きだったし、男の子すら、

「深夜なら彼女にしたい」

なんて言い出す程だった。


「ミッツーは好きな人いないの~?」

お友達のはなちゃんは、私にそう問いかけて深夜君といわせることに執心していました。

「い、いないよ」

苦笑いでそう答える他ありません。

私では彼女達に太刀打ちできません。顔も愛想もよくない私は深夜君を巡るめくるめくバトルロワイヤルに参加することすら許されない。そう思っていました。

「いるでしょ~、ほらほら、言っちゃいなよ~言ったら楽になるぞ~」

ああ、本当にその通りだと思いました。

言えたらどれだけ楽になれるだろうと。

でもこの気持ちはきっと届かない。届かせようとして、ためしに投げて壊れてしまったらそれでおしまいなのだ。怖くてそんなことはできなかった。

「ほ、本当にいないよ」

心を閉じ込めるのは、この頃から始めたのかもしれない。


私の心は、6年間一度も開示されることなく、終始無言のまま、小学校の幕は降りた。

何かを得たいわけでも、何かしたいわけでもなく、ただ、あなたのことを好きでいれたら良い。

この頃の私は本当にそう思っていた。

だって、それだけで幸せだったから。

だって、それだけで十分満たされていたから。




公立の小学校を卒業して、私は住んでいればエスカレーター式に入学する事になる地元の公立中学校に入学した。

深夜君を含めたほとんどの同学年生も、私立に行ったり引っ越したりした子を除いては、入学した。

そして私はまたしても深夜君と同じクラスになった。

私は神様に感謝した。


幸せをありがとうございます。

絶対に大事にします。


誓いをたてて私は、また、見つめるだけの生活を送った。

深夜君は変わらず人気者だった。

違う小学校から入学した子達も深夜君の事を好きになった。

友人としても、好意の対象としても、彼は多くの人から人気だった。

それを私は嬉しく思っていたし、誇らしくもあった。

どうだ、私の好きな人はこんなにも好かれる人なのだ。


しかしそんな甘い日々もそう長くは続かなかった。

深夜君が女の子と付き合い始めたのだ。

「東小の子らしいよ?めちゃくちゃ可愛かった」

興奮気味にはなちゃんは私に教えてくれた。

「良いの?順ちゃん、ずっと好きなのに…」

はなちゃんは何故か私はなにも言ってないのに私が深夜君を好きなことを確定事項のように話す。

事実なのでなにも言えないが、私はそんなとき決まってこういった。

「好きな人の幸せそうな顔を見るのが幸せなんだ」

笑顔で言えていたと思う。きっと。

そしてこれを聞いたはなちゃんも決まってこういう。

「そんなもんかね~」と。


悲しい顔をしている。

顔は笑顔だが表情が泣いている。

「どうしたんだろう」

口をついてでた言葉に反応したのははなちゃんだった。

「なにが?」

私は思ったままにはなちゃんに言う。

「深夜君が泣きそうな顔してるの、なんでだろう、なにか知ってる?」

「んー」

何故か呻いている。はなちゃんは迷うといつもこうなる。

「深夜くんね、実は付き合ってなかったんだって」

「え?」

つい驚きで声が出てしまう。

「あ、ごめん。続けて」

「うん、実はね、何度も告白されて断ってたらしいんだけど、その女の子が自分から付き合ってるって嘘を言い出してたらしいの。そしたらそんな事実はないのに、その女の子を好きな男子になじられたんだって」

 あまりにも周りの身勝手が原因すぎる理由に驚く。

「深夜君別に悪くないじゃん、なんでそんな、ダサい…」

「だよね、私もそう思う。でね?」

「ん?なに、続きがあるの?」

不敵な笑顔ではなちゃんは言った。

「深夜君断るときに『好きな人がいるから』って言ってたらしいんだよね~」

「!?!?!?」

なんと!

それは真か!!

真でござるよ~

悲しい顔の深夜君とは真逆に、ちょっとだけニヤニヤしながら深夜君を見る。

「…っ!」

目があった。

笑顔で手を振ってくれた。

しかし私はビックリして下を向いてしまった。

やっちゃった…。折角の深夜君との交流のチャンスが…。

そんなことを思いながら顔をあげると深夜君はまだこちらを見ていた。

へっ?

なにかある?

後ろを見ても面白いものは特になかった。

もう一度深夜君の方を見ると笑っていた。

え?

私?

なになに?なにごと?

隣にいるはずのはなちゃんの方を見ると私を見て呆れたため息をついていた。

状況を全くつかめない私に目尻をぬぐいながら深夜君は笑顔で近づいてくる。

はなちゃんはスペースを開けて深夜君を迎え入れたが、私はビックリどころかパニックだった。

パンデミックだった。

「順ちゃんは相変わらずだね」

クスクス笑いながら深夜君は私に話しかけてきた。

「変わらないよ~順ちゃんは昔っからずっと一途だもんね~」

その言葉に反応したのは私ではなくはなちゃんだった。

私はわたわたとはなちゃんの口をおさえ、あたふたと言う。

「いち、ず、とかって言うより、これ以外分からないだけ…」 

私は深夜君に想いを伝えていないし、はなちゃんもそこまではしていない。

深夜君には私とはなちゃんが何を言ってるのかさっぱりのはずだった。

そんなわけの分からない言葉を受けて深夜君は、

「いいなあ、羨ましい」

この時の私には、理解できない言葉だった。




中学一年が終わり、2年生になったある日。

私の心が突然爆発した。

私の中の思春期メーターが振りきれた。

きっかけは前日の夜に読破した、恋愛漫画だった。

気持ちを伝えられない女の子が、好きな男の子に好かれるために努力して、努力の結果今まで自分を馬鹿にしてきたりしていた、色んな男達からモテるようになるが頑なに女の子に好意を持たなかった主人公が最後に落ちて、付き合うと言う感じの王道なやつだ。

そんなわけで私は自分の誓いを破り、心の叫びを口にした。


「深夜君が好きです!私と、付き合ってください!!」

「はい。」

「えええええ!!!!!!」


深夜君を空き教室に呼び出し、顔を真っ赤にした私は発狂した。

いつもよりうれしそうな笑顔で返事をする深夜君に、私は絶叫した。

こうして中学2年生の春、私は私の大好きなあなたと付き合うことになったのだった。




誓いを破った私に、天罰が下るのにそう時間はかからなかった。

学校に残ってテスト勉強したり、帰り道を歩いたり。

そんな今まででは考えられない幸せを体感しはじめてから一ヶ月が経ち、初めてのデートの日。

深夜君は私との待ち合わせ場所に来る途中でバスの玉突き事故に巻き込まれた。


搬送先で死亡が確認された死体を前に、私は神様に言った。

ごめんなさい。と。

もう誓いを破らないので、深夜君を返してください。と。


死人は生き返らない。


そんなことは知っていた。

誰でも知っている。

それでもそうなることを信じたかった。

三日三晩寝ずに願った、お願いです、深夜君を生き返らせてください。私は死んでも良いので深夜君を生き返らせてください。


私は私の好きなものを全部捨てた。

お父さんもお母さんも、はなちゃんも、漫画もゲームもテレビも。


そして願った、深夜君を生き返らせてください、と。




神様は残酷で、誓いを立てればご褒美をくれる。

でも誓いを破れば過酷を強いる。


当然のように、もう二度とお願いを聞いてはくれない。


*****


私は言葉を捨てた。私は感情に蓋をした。


だって、口を開けば神様への悪口が、感情に従えば意味もなく死んでしまいそうだから。


私は今もあなたが好きです。

事故に遭うその時に、小さな男の子を抱え、救ったあなたを私は誇りに想います。


大学生になった私は、死ぬのならあなたと同じくらい意味のある死に方をしたいと思っています。





神様への憎悪でなんか、死んでたまるものか。


超短編を一つ一つではなく、<超短編集>として出すことにしてみました。


筆者の都合です。

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