帝都ドラゴニア
「さぁ、到着」
一瞬ふわりと体が浮き、とん、と軽く着地する。瞬きのうちに発動した魔法は移動の魔法だったらしい。それも恐らくは──国を跨いでの。
それがわかるのは室内の意匠がロマニの物とはまるで異なるからだ。絨毯やカーテン、窓枠に至るまで、柔らかく弧を描く蔦植物と竜の意匠で飾られている。
(まさか──ドラゴニアまで?)
ロマニ公国からドラゴニア帝国までは長い距離がかかる。ドラゴニアを大、ロマニを小とするならば中程度の国を二つ挟む。馬車で行っておおよそ数カ月はかかるだろう距離を、瞬きの間に?
宮廷に雇われている魔法使いの中にだって、そんな離れ技をなす者はいないだろう。
ほんとうにすごい人なのだ──思ってヴァルトリウスを見上げると、彼はにこりと笑ってセレンディアが足を下ろせるよう体を傾けてくれた。下ろして欲しいとの視線に取られたらしいが好都合でもあったので黙っていた。手だけは離して貰えなかったがそれは炉心核の治癒に必要だからだろうと納得する。
「あの……ヴァルトリウス様」
「うん?」
「この度はお助け頂きありがとうござ」
「ヴァルッ──ああああああほんとにやらかしてるウウウウウ!!」
セレンディアの謝礼は突如乱入した女性の声によってかき消された。
「──ニナ。ニナ、ニナ、ニナ。一体どういった教育を受ければ王の執務室のドアを蹴り破る令嬢に育つのか私に説明してほしい」
「一体どういう教育を受けたら他国のレディを攫って逃げて来る王に育つのか説明するのが先よこの誘拐犯!!」
ニナ、と呼ばれた女性は深い緑の髪を編み込みにして束ねまあるいメガネをかけた女性だった。彼女はこんな──とセレンディアを指さす。
「こんな雛鳥みたいな子を誘拐するなんて!! 非道! 下劣! 変態!」
「失礼な。紳士的だよ私は。ね?」
小首を傾げるヴァルトリウスにセレンディアは頷く。
「陛下には命をお助け頂き──」
「だまされてる!! 顔がいいからって騙されてるわ貴方!! いい事この男は顔の良さ取ったら強さしか残ってないのよ!! 外交手段は全て暴力!! いつ戦争仕掛けられるか私達臣下がどれだけ気を揉んでるかなんてちっとも気にしてない暴君なんだから!」
「ねぇニナの声廊下に響きまくりだよ。我が君マジで帰ってんのって……オウマジじゃんお土産にお姫サマ付きね」
次に執務室に現れたのは騎士服を纏った二十代半ばの赤髪の青年だった。ヴァルトリウスに軽く礼をして、そのままの体勢でセレンディアをじっと見つめる。そして口を開いた。
「ワーオ。俺こんなに可憐な美少女初めて見た。我が君この子俺に譲ったりしない? うーんと大事にするから」
「しない」
「ていうかいつまで手ぇ繋いでんのよ離してあげなさいよ変態!」
「離せないよ。炉心核が割れている」
「えっ……」
勢いを失ったニナが茫然としたようにヴァルトリウスを見る。コンラッドからも表情が消えた。
「炉心核? 『竜の炉心核』? まさかユースティティス様の? 見つかったの!?」
「あぁ。だが無理な力の濫用かな、ヒビが入ってしまった。今は私と接触して竜気を分け与えて修復を図っている」
辛いだろうに我慢してえらいね、言ってヴァルトリウスは繋いだ手のひらに唇を落とした。
「彼女──セレンディアは暫く私と共に過ごす。竜気を与える方法は他にもあるが今はそれが一番だ」
「ま──待って。私には彼女に炉心核があるようには見えない。本当なの?」
「炉心核は彼女の心臓に移植されてる。だからだろう」
「……移植……移植? 炉心核を? なんて──酷いことを」
淡々としたヴァルトリウスの説明を聞いたニナの顔面は蒼白だった。空いていた方の手を取られ、ぎゅっと握られる。
「ニナ。ニナ・ゼレンシアよ。何でも相談して。この男に何かされたら、それがイヤだったらすぐに言って」
「俺はコンラッド。こんなんでも我が君の側近で騎士の一人。大変な目に遭ってきたんだね。我が君より俺が良くなったらすぐ言って」
驚いて黙るセレンディアに、パチリとウインクを飛ばしたコンラッドの額をニナがバチリと叩く。
(なんだか思っていたよりも──)
気安く楽しそうな雰囲気の国なのかもしれない。
楽しげな雰囲気に緊張の糸が解けたからだろう──次の瞬間セレンディアは気を失っていた。
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