前編
「テレサ・フォン・ベルンシュタイン!お前との婚約を破棄する!」
王城の大広間、シャンデリアが輝く夜会の中心で、王太子オーガストが叫んだ。
その傍らには、か弱いふりをして彼にしがみつく男爵令嬢ナーシャがいる。
テレサは手に持っていた扇をゆっくりと閉じた。
彼女の瞳には、怒りよりも深い『蔑み』が宿っている。
「理由は、そちらの……ええと、その『浮気相手』ですか?」
「浮気ではない、真実の愛だ!お前のような冷酷な女、王妃に相応しくない!」
周囲の貴族たちはざわめく。
ベルンシュタイン公爵家は国の軍事と経済の要だ。
それを切り捨ててまで、後ろ盾のない男爵令嬢を選ぶなど正気の沙汰ではない。
「左様でございますか。では、私からも一つ」
テレサは一歩前へ出た。凛とした美しさが、オーガストを威圧する。
「……え?」
「ゴミは黙って、さっさとその掃き溜めへお帰りなさいませ。私の視界が汚れますの」
「な、なんだと……!?王太子である私をゴミ呼ばわり——」
「ええ、ゴミですわ。他人の婚約者という立場を理解できず、公衆の面前で恥を晒す。それも、我が家が支援を打ち切れば明日にも破綻するこの国の第一王子が。……無能なゴミ以外の呼び名が見当たりませんわね」
テレサは、凍り付くオーガストを無視して、一人の男に視線を向けた。
「お待たせいたしました、テレサ」
その声が響いた瞬間、会場の空気が一変した。
漆黒の礼装に身を包んだ、眩いばかりの金髪の青年。
隣国ガルディア帝国の皇太子ジークフリートだ。
彼はまっすぐテレサの元へ歩み寄ると、彼女の腰を抱き寄せ、その手に深く口づけを落とした。
大陸最強の軍事力を誇る帝国の死神。
その彼が、この場にいることに、オーガストは顔を青くして震え上がった。
「ジ、ジークフリート皇太子!?なぜここに……」
「私の最愛の婚約者候補から手紙をもらっていてね。『ゴミを処分するから、迎えに来てほしい』と……いや、今はもう『婚約者』だな」
オーガストが震え声で尋ねる。
ジークフリートは冷徹な視線でオーガストを射抜いた。
「オーガスト殿下。貴殿が彼女を捨てるという言葉、確かにこの耳で、そして我が帝国の記録官の魔道具で記録させてもらった。これをもって、ベルンシュタイン公爵家と我が帝国の『亡命および婚約守護条約』が発動する」
ざわめきが一段、深くなる。
「な……何を、勝手な……!」
「勝手?いいえ。貴殿が勝手に婚約を破棄し、勝手に国益を投げ捨てたのだ。条約は、その結果を『粛々と実行』するだけだ」
ジークフリートが片手を上げると、会場の端に控えていた黒衣の記録官が、掌サイズの魔道具を掲げた。
透き通る光が揺らめき、次の瞬間——音が、響いた。
『……テレサなんて、所詮は公爵家の駒だ。あいつが居なくても国は回る』
それは、オーガストの声だった。
しかも、夜会の喧噪とは別の、密室での気怠い調子。聞き覚えのある甘い囁きまで混じっている。
『ナーシャ、心配するな。俺が王になれば、お前は王妃だ。公爵家?支援?知らん。黙らせればいい』
会場が氷のように静まり返った。
「……っ、ち、違う!それは……!」
「違わないよ、オーガスト殿下」
テレサが、穏やかに言った。
穏やかすぎて、逆に残酷だった。
「なぜなら、それはあなたの『素の声』ですもの。私に向ける取り繕いではなく、彼女に向けた本音」
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