第3話:一瞬の改変とエルフの驚愕
フィアナが放った二発目の矢は、突進してきたゴブリンの肩をかすめ、速度を落とさせた。しかし、残りの三体がフィアナを取り囲もうと動いている。エルフの衛士は冷静だったが、この狭い場所では弓の連射は限界がある。
「チッ!数が多すぎる!」
フィアナは弓を背中に回し、腰に吊るしたショートソードを抜こうとした。その一瞬の隙が、ゴブリンにとっては命取りになる。
その時、カイの『万象改変』が限界速度で起動した。
(時間がない!原理は、『この破片を、軽量で高硬度、かつ魔力親和性の高い素材で構成された片手剣にする』!)
ターゲットは、倒れたゴブリンの棍棒の破片。ただの木片だ。
【改変実行。対象:木片。改変原理:高硬度・軽量化・魔力親和性。】
【改変完了。魔木製のショートソードが誕生しました。】
能力の発動は一瞬。フィアナが剣に手をかけるより早く、カイは地面に転がっていた木片を拾い上げた。その木片は、鈍い銀色に輝く、洗練された片手剣へと姿を変えていた。全長六十センチほどのそれには、魔力が微かに宿っているのが、能力を経由せずとも感じられた。
カイは迷わず、最も近くにいたゴブリン目掛けて、剣を振り抜いた。
「うおおおおっ!」
無職時代には決して出せなかった雄叫びと共に放たれた一撃は、ゴブリンの貧弱な首筋を正確に捉えた。ゴブリンの棍棒が振り下ろされる直前のことだった。
ゴッ、という鈍い音と共に、ゴブリンの首から噴き出す血。そのゴブリンはそのまま地面に崩れ落ちた。
残り二体。一瞬の出来事に、ゴブリンたちは動きを止めた。フィアナもまた、目を見開いてカイを見ていた。
「貴様、その剣はどこから……!?」
「説明は後で!」
カイは剣を構え直す。体の疲労は相変わらず『疲労分解速度三分の一』の原理で軽減されている。元の体の怠け癖が抜けきっていないため、戦闘技術は皆無だが、最低限の筋力と瞬発力は少年の体のおかげで備わっている。
残りのゴブリンは、仲間の死体を無視し、再びカイ目掛けて襲いかかってきた。
「来い!」
カイは剣を横に薙いだ。ゴブリンは棍棒でそれを受け止めたが、魔木製の剣と、ただの木製の棍棒とでは、素材の原理が違いすぎる。
バキッ
棍棒は簡単にへし折れ、その勢いのまま剣はゴブリンの脇腹を浅く裂いた。もう一体のゴブリンが背後から回り込もうとするのを察知し、カイは即座にフィアナがいる方向へ飛び退いた。
「フィアナさん、残り二体!」
フィアナは驚愕から立ち直り、ショートソードを抜き放った。
「馬鹿者!なぜ隠れていなかった!」
彼女は怒鳴りながらも、その剣筋は一分の隙もない。フィアナはカイに突っ込んでくる脇腹を裂かれたゴブリンを一撃で切り伏せると、素早くもう一体のゴブリンの動きを止め、その心臓を正確に貫いた。
一瞬の戦闘は、フィアナの圧倒的な実力と、カイの**『予測不能な出現』**によって終結した。
第4話:問われる力と原理の構築
森の中には、五体のゴブリンの死体が転がっていた。血の臭いが濃く立ち込め、静寂が戻ると、その生々しさが際立った。
フィアナは剣に付いた血を払い、鞘に収めた後、すぐにカイに向き直った。その瞳は厳しく、戦闘前よりも警戒の色を帯びていた。
「カイ・アスベル。説明しろ。その剣はどこから出した」
カイが持っている魔木製のショートソードを指差すフィアナ。カイは正直に話すしかないと観念した。嘘をついても、彼女の鋭い勘は誤魔化せないだろう。
「……信じてもらえないかもしれませんが、僕は、何も持っていませんでした」
「ふざけるな!そんな大きな剣が、手ぶらの人間から突然現れるとでも言うのか!」
「僕の力なんです。さっき、あなたに『不快な干渉』だと怒られた力」
カイは剣を地面に置き、再び両手を上げた。
「僕は、この世界の『原理』を書き換える力を持っています。この剣は、そこの折れた棍棒の破片を、一瞬で『魔木製の剣』という存在に改変しました」
フィアナは絶句し、地面の銀色の剣と、折れた棍棒の残骸を交互に見た。彼女は衛士として、多くの魔法や秘術を見てきたが、目の前で「無から有を、破片から武器を」作り出すような芸当は、古代の神話にしか登場しない。
「原理の、書き換え……?それは、神の領域の力だ。人間が到達して良いものではない」
彼女はゆっくりと剣に手を伸ばした。
「触れても?」
「どうぞ」
フィアナは剣を手に取り、その重さ、バランス、そして微かに宿る魔力を確かめた。魔力の流れは純粋で、悪意のある細工は見当たらない。素材は確かに、エルフ族が儀式に用いる神聖な魔木によく似ていた。
「信じがたい……だが、この剣の存在が、お前の言葉を裏付けている。カイ・アスベル、お前は何者だ?なぜこの森に現れた?そして、その危険な力で、何をしようとしている?」
カイは深く息を吸い込んだ。
「僕はただの迷子です。この世界に転生させられた、元は怠惰な人間です。でも、もし僕がこの力を持つなら、この世界で生きていくために使いたい」
彼はフィアナを見つめ、決意を込めて言った。
「そして、この力を制御するために、あなたから**この世界の『原理』**を学びたいんです。魔法、素材、魔力、全ての原理を」
フィアナはショートソードを鞘に戻し、カイの改変した銀の剣を彼に突き返した。
「私はお前を信用したわけではない。だが、この力を放っておくのは、森の安寧にとって大きな脅威だ」
フィアナの表情は、怒りではなく、深い思索に変わっていた。
「わかった。お前を森の外へ案内するまでの間、私が監視する。その間に、私の質問にすべて答えろ。その力**『万象改変』**とやらが、本当に森に害をなさないものなのか、この目で確かめる」
こうして、カイはヒロインであるフィアナに、自分のチート能力の秘密を一部打ち明け、半ば強引に彼女の監視下に置かれることになった。彼はこのエルフとの道行が、自分の『万象改変』を磨き、この新しい世界を生き抜くための鍵になると直感した。




