16.抱えているもの
週六日目の昼、届いた成績表をサクっと確認して食堂に一番乗りをしたのはシルベーヌだった。ウサと根菜のミルク煮、木の実と青菜のサラダにカワエビのフライでパンをおかわりしても、誰も来ない。
「合否発表に定期便の日だものね、ラミーもいないし退屈だな~・・・」
ひとりごちて、お茶のおかわりをすると、サーシャが入ってくるのが見えた。ふわふわのピンクの髪、色白で華奢な身体は絵本の挿絵でよく見る妖精のようだが、そうした印象を持たれるのが嫌なのだろう、いつもはパンツ姿が多い。
今日も白のシンプルなブラウスにベージュのベスト、濃いグリーンのパンツ。髪は後ろでひとつにまとめて編んでいた。
トレーに乗せたランチを持って手近な席に座ると、もくもくと食べ始める。
シルベーヌはおかわりしたばかりのお茶を持って近づき、
「ここに座ってもいい?あなたとお話してみたいの」
言葉だけの質問をして、サーシャの返事を待たずに向かいに座る。親しみを覚えるような笑顔でプレッシャーは感じないが、何故か逃げられないなと思う不思議な存在感だった。
「今週の課題は難しかったわね、なんとか合格できたわ。あなたも合格でしょ?」
「・・・・・ええ」
話しかけられた意図が読めず、間をおいての無難な肯定。
「やっぱり、本当に勉強が好きなのね。学科の時はいつも、とても楽しそうだわ」
どう返事をしたものか分からないので、否定も肯定も相槌すらせずに、ひたすら集中して食べていますアピールに留める。それを全く気にしないように、一人で話し続けるシルベーヌ。
「習ったところをさらに深堀りしてるでしょう?資料室の本も自室に持ち込んで相当読み込んでるみたいだし、よく先生方に質問もしてるわよね。そのやりとりも楽しそうで、私も頑張らなきゃ!って励まされてるのよ」
サーシャにとっては自分のための努力だったけれど、それらを知って肯定してもらえるのは嬉しい。何か返事をした方がいいかな?と思いつつ浮かばないので、まだ残っているランチをもくもくと食べ続けた。
「中でも大戦の終結時に使われた天変地異並の大魔法の考察は、とっても興味深かったわ。百年と少し前だから、曾祖父母かその上くらいの世代だけど、世界の緊張感とか人々の意識とか今とは別世界並に違ったのよね。ホント、人間って忘れっぽい生き物。だからこそ楽しく生きていられるのかもしれないけど、信念に命かけて平和を築いた世代からみたら、今みたいに危機感無くなっている世界なんて死ぬ気の努力を無かったことにされたようで落ち込みそうよねぇ」
食べ終えたサーシャは、顔を上げる。世間話のように軽く明るい口調、でも現状に危機感を抱いているのは伝わったようだ。
「何が言いたいの?」
サーシャの本気トーン。あらら、警戒されてしまったかしら。なかなか迫力のある妖精さんだこと、この頑なさも長所で短所ね。チョコレートで懐柔できるラミーほど単純じゃないし、時間をかけるしかなさそうだと判断する。シルベーヌは飲み終えたカップを持って立ち上がり、周囲に人がいないのを改めて確認しつつ、小声で耳打ちする。
「あなたが妃を目指すのは、家だとできない勉強が出来る環境が欲しいから?」
見透かされたことにギクリとして、サーシャはシルベーヌを凝視した。何とも言えない焦りと恥ずかしさからか目を逸らす妖精に人懐こい笑顔を向け、
「私は王子が好きで支えたいから妃を目指しているんだけど、有能な人材にも興味があるの。またお話しましょう」
と伝えて去っていく。
その後ろ姿を、サーシャは複雑な気持ちで見送った。
そんなやりとりがあった少し前、ラミーが資料室の扉に手をかけようとしたところで、突然何かが割れてぶつかる大きな音がしてビクリと身体が反応する。発生源は斜め前、ブランテールの部屋だ。
続けてヒステリックに喚き散らすような声に宥めるような声が続き、またガシャン、ガシャンと叩きつけて壊す音が響いた。
様子を見に行った方が良いのか、余計な首を突っ込まない方が良いのか判断しかねていると、ポン、と後ろから肩をたたかれる。
「ごきげんよう、ラミー。自主学習なら、ご一緒してもよろしいかしら」
うふふ、と茶目っ気たっぷりなシルベーヌは勢いよく扉を開けると、言葉とは反対に腕を引っ張るようにして室内に入った。
「放っておいていいわよ、ウレシックさんが来てくれるでしょ」
閉めかけた扉の隙間から、速足で階段を上ってブランテールの部屋へと近づく男性を確認して閉じる。
「ほら、ね」
くるりと向き直り、目当ての棚で数冊の本を選び取ると、窓に近い席に座った。ラミーは動けないまま、納得している風のシルベーヌを不思議そうに見ている。
「あなたが気にすることないけど・・・気になる?」
シルベーヌの問いに、こくりとうなづく。
「まぁ、座りましょう。一緒にどう?」
誘われて、ラミーはシルベーヌの向かい側に腰を下ろした。
資料室内は、二人の他には誰もいない。窓からは起伏に沿って建ついくつもの建物と、幾重にも連なる山々の雪景色。鈍い色の空からはチラチラと小雪が舞って寒々しいし昼なのに薄暗いが、離宮全体が最先端の魔法植物研究所も兼ねているだけに設備も最先端で、どの部屋の照明も空調も快適だ。
それらの維持もたいへんだろうと授業の成果で視野の広がった貧乏性ラミーは心配するが、コストや耐久性のテストを兼ねているとシルベーヌに聞いて感心してしまった。
「それはさておき。ブランテールでしょ?」
脱線すると、つい話の寄り道が長くなってしまう。
「え?あ、そうよ。すごい音と大きな声が聞こえたわ」
指摘されて、疑問を思い出した。
「努力に対する結果がついてこないから、苛立ってるのよ。実家からのプッシュも容赦ないしね」
これまでのブランテールにとって、一つの努力に百の賞賛が当たり前だったでしょう。彼女は公爵家という大貴族の令嬢に生まれ、何不自由なく与えられて特別に慣れてしまっていたの。
高貴な血筋という本人の意思や努力と全く関係のない持ち物のせいで、勘違いを繰り返してきたのよ。身分の忖度を無くしたらごく普通なのに、普通という評価が受け入れられないのね。
「・・・?」
腑に落ちない顔で、シルベーヌを見つめるラミー。過大評価なら自身もされまくった記憶があるが、わりと早い段階でアレは信用すると危険と悟ったものだ。容姿を褒めちぎられたところで飢えは凌げないし、傷んだ家屋が復旧するわけでもない。
むしろ過ぎれば迷惑で面倒だと思ってきたのに、真に受けて自信を持てるなんていっそスゴイんじゃない?
そう思うラミーに対し、ふふ、っと笑ってシルベーヌは続ける。
「価値観って、環境で作られるのもよ。生活に困らず贅沢三昧、何をしても両親はじめ使用人や親族に至るまで揃って誉めそやし、わがまますら全肯定で常に持ち上げられたら自意識過剰にもなるでしょ」
両親と二人の使用人、たまに来る近所の平民数名以外に交流の無かったラミーには想像すらしなかった価値観だが、丁寧に説明されると想像力で納得できるような気がしてきた。
赤子や幼児の、かわいい、ごきげん、ご飯を自分で食べた、一人で立てた、歩いた、こちらをみて笑った、パパと呼んだ、と容姿や成長を誉めるように、美しい、豪奢なドレスがよく似合う、公用語の挨拶が上手ですね、珍しい宝石についてよくご存じですね、素晴らしいステップだ、なんて成長にしたがって年齢に見合わない成果でも過ぎた賛辞を並べて、公爵や侯爵家に取り入ろうとこぞって周囲の人間が持ち上げたら・・・。
「・・・ああ、なんだか想像できる気がしてきました。でもそれ、本人にはマイナスでしか無いと思うけど」
シルベーヌは満足そうに微笑んで、
「その通りね。そうして客観的にみたらごく普通なのに特別だと思い込んでるから、お前なら父の期待に応えられるはずだ、一流の環境で育てた娘が格下に負ける訳がない、なんてプレッシャー満載の手紙が定期便の度に届くんでしょう。その一流も自称なんだけどね」
離宮に来て学んだ内容は、学科も実技も貴族の嗜みとして幼少期から家庭教師を招いて習うものを深堀していくカタチで進めている。
特に先週は初心者向けに入門編だったから、まだしも余裕だったろう。けれど一気にスピードを増した今週は厳しかったに違いない。
残念令嬢ズ以外は、妃教育ともなれば相当な努力が必要で半端な根性ではついていけない覚悟があっただろう。実際、授業態度や自由時間の使い方からも本気度が伺える。
ブランテールが努力していないとは言わないが、その差異はエンジョイ勢と重課金勢くらいあるのだ。
「環境が与える影響は大きいわ。彼女はある意味、被害者ね」
ふう、とため息が漏れた。ラミーはシルベーヌがブランテールを敵視していないことが面白いと思う。幼少期から嫌味を言われ、つっかかられてきたのに腹立たしく思うどころか、あしらうのを楽しんでいたようだ。
「シルベーヌって、もしかして腹黒い?」
真正面から聞かれて、向き合ったまましばらくのフリーズ。ぷ、と笑いかけたと思ったら、あはははは!と爆笑する。
「ラミー、やっぱ最高」
笑い過ぎて出た涙を指先で拭い、グっとその右手でイイネをもらった。
ふと目をやった窓の外、雪はやんだがさっきよりも薄暗い。
「ルーモスはね、ホントに小さな国なの。国土だけじゃなく人口も産業も、周囲の大国に大差で負けてる。だからこんな小さな世界で順位争いやらマウント合戦やら、やってる場合じゃないのよ。私は王子が好きだし、この国が大事だから守りたい。王族ったって完璧超人じゃないし、どこからかやってきて聖女や大魔法使いが守護してくれる訳でもない。多少、魔法技術に優れていても同じ人間同士、苦手を補い合って特技を持ち寄って協力しないと国の存亡に関わるのよ」
気に入らない相手だからと蹴落として、再起不能になられても困る。デュワーズ公爵家は領地も縁者も多い大貴族、くだらない見栄をはるより実力をつけて相応の働きをしてほしいだけ。
つい最近まで、自分と家族や家人が生きるために精一杯だったラミーには遠い話だ。その日暮らしで夢も希望もなく未来なんて考えもしなかったのに、シルベーヌが語ると親近感があってなんだかワクワクしてくる。
「・・・私は我が家の存亡がかかっているだけで重いと感じてたのに、シルベーヌは国家の存亡を抱えてるのね」
あんなに絶望的だったのに、借金返済くらい、たいしたコトじゃない気がしてきた。
「まだ抱えさせてもらえてないけどね。ここでいろんなこと吸収して両陛下に認めてもらって、クランと一緒に頑張りたいわ」
自分と同じ年で、生涯をかける覚悟と一途さを尊敬する。
「クラン王子が好きだから?」
恋愛感情が上手く理解できないラミーには、そのエネルギーが不思議でならない。
「ええ。実は本人にもほとんど伝えたことが無いんだけど、知れば知るほど好きになっていくの。望まれて必要とされたい、ずっと傍にいて力になりたいわ」
少しはにかんだような、照れたような笑顔が眩しい。生まれてこのかた恋バナに無縁だったラミーも、想わず応援したくなる。
よし、と気合を入れて、それから夕食まで、今週の学科を二人で復習した。
読んでくださって、ありがとうございます。
相手不在の恋バナのみ、ってのもやはり恋愛ジャンル詐欺でしょうか。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
毎週金曜 6:20 更新中。




