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誰にも邪魔させない、私たちの青春。  作者: 青木ユイ
第一章 2016年度 高校一年生
9/35

なな ななめうえの気持ち

 私、佐野優樹菜。池谷高校に通う高校一年生。明日が不安で不安でたまりません。


 こんなにも、明日がこなかったらいいのにと思ったことはない。

 こんなにも、好きな人が悪魔にしか見えなくなったことはない。

 こんなにも、好きな人を恨みたくなったことはない。

 こんなにも恐ろしいことは他にない!


「桧原くんっ、それはおかしいよ!」

「え」


 戸惑う彼。でも私はそんなの無視してまくしたてる。


「だいたいっ、思春期の女の子の頭を思春期の男の子がなんの抵抗もなく撫でるってどういうことですか! 頭ポンだけでも桧原くん並の男の子ならみんな鼻血撒き散らして倒れますよ! なのになんですか! 撫でるってなんなんですか!」

「ちょ、落ち着いて佐野さん」

「お、落ち着けるわけないじゃないですか! こうなったのもぜんぶ桧原くんのせいなんですよ!せ、責任とってもらわなきゃ困ります、私っ」

「あのもう多分それキャラ崩壊だから」

「――――はっ!」


 我に返った。わ、私はなんてことを……。って、バカ。

 とりあえず、恥ずかしいけど私が言ったことを思い出してみた。


「え、え? 私、なんか、鼻血がどうとかって、それで、撫でられるとか無理ですし、その、責任とってくれないと、困るって、」

「……佐野さんさ」


 パニック状態の私に、桧原くんはいつもとは違う低い声で言った。なんでかわからないけど、背筋が冷たくなった気がしてくる。怖い。

 うまく言えないけど、いつも優しい人が怒ると怖いみたいな感じで、意外性を発見してしまったときの怖さっていうのが今私が感じている恐怖ってこと。

 どうしよう。私、桧原くんを怒らせた……?

 すると、桧原くんは笑いながらつぶやいた。


「……なんか、天然だよね」

「えっ!?」


 天然。そう言われるとは思わなかった。というか、桧原くんの方がよっぽど天然なんじゃない?

 それにしても、私が天然か……。そうなのかな?

 私が首を傾げていると、桧原くんはさらにくすくす笑った。


「かわいい」

「……!」


 声にならない驚きが全身を駆け巡った。か、かわいい?

 私はだらしなく口をぽかんと開け顔を真っ赤にして立ちつくした。意味がわからない。なんで? どうして? が止まらない。


(なんで、そんなこと簡単に口にできるの?)


 それが私の中での、最大の疑問だった。

 かわいいという言葉の指す意味よりも、桧原くんの意味深な笑顔よりも、なんでそんなこと軽々と言ってのけることができるのかが、不思議でたまらなかった。

 ああ、そうだ。桧原くん、天然だから。天然だから、こんなこと言えちゃうんだよ。うん。そうだそうだ。

 私は、赤くなった頬を手のひらで撫でながら、必死に深呼吸して高鳴る心臓を落ち着けようとしていた。恥ずかしい。


「佐野さん?」


 桧原くんは、私にずいっと顔を寄せて声をかけてくる。その顔がいつもみたいなふわふわした笑顔じゃなくて真剣な顔だったから、思わずときめいてしまう。ドキッ、とかいう少女漫画的なオノマトペが頭の中で鳴っていた。


「あ、う」

「気分悪いんだったら、保健室行く?」

「ひあぁ、だ、大丈夫ですっ」


 ち、近いっ。顔がめちゃくちゃ近い! このままじゃ、ドキドキしすぎて保健室に行く前に倒れちゃうよ!


「ならいいけど……」


 また不満げな表情の桧原くんを見た私は、首を傾げて頭を悩ませていた。

 なんであんな顔するのかな?かわいいのは私じゃなくて桧原くんの方だよ。

 てか、ほんともう、顔近づけるときも背伸びしてるところがめちゃくちゃかわゆい。なんであんなにかわいいんだろう。もう、好き。

 そうやって私が妄想を広げていると。


「おーいカナ、なんかこいつがうるせーんだけど」


 尾川くんがげっそりした顔で桧原くんを呼んだ。後ろには顔を真っ赤にして怒りに震える廣山さんの姿が。

 なるほど……私が桧原くんと話していたから疎外感を感じて尾川くんに半ギレしてたんだね、廣山さん。でも、尾川くんに八つ当たりとかなんか理不尽じゃない?


「なんだよ、俺は今忙しいの」


 桧原くんは尾川くんにそう言うと、体をこっちにずいっと寄せてきた。ひいいぃ!? ひ、廣山さんに誤解されること間違いなし! やばいっ!


「ひ、桧原く」

「なんでいっつもそいつなのよ!」


 桧原くん、離れて。

 そう言う前に、廣山さんがキレた。ヒステリックな金切り声。み、耳が潰れる……。鼓膜が、鼓膜がっ……!


「だいたい、カナはわかりやすすぎ! 好きなら好きって言えばいいじゃない! 変に気を持たせるなんて、最っ低!」


 バシン、となにかを叩くような音がした。慌てて顔を上げると、頬を赤くした桧原くんと両手にぎゅっと力を込めてうつむく廣山さんがいる。

 数秒後、廣山さんが桧原くんの頬を叩いたのだと気づいた。でも、彼はなにも言わない。なんでなのかはわからなかった。ずっと桧原くんは、黙っていたから。

 なんで何も悪くないのに叩かれないといけなかったのかと責めるような真似もしない。

 睨みつけたり、怒ったりもしない。

 ただ、少しだけ首を右に傾けて、どこか遠くを見ていた。方向で言えば、左上の方を。

 そこに何かがあるのかと思ってつられて私も同じ方を向いたけど、特に何か特別なものがあるというわけではなかった。私は首を傾げる。


(なにを見ているんだろう?)


 しばらくの沈黙。それを破ったのは、尾川くんだった。


「お前、ほんと自己中」


 桧原くんの前に立ちはだかって、廣山さんを睨んでいる。うわっ、今にも殴りそうなほどの剣幕……っ! 拳を握って、怒ってらっしゃる。

 ど、どうしよう! 尾川くんが廣山さん殴ったりしたら、絶対尾川くんが悪者になっちゃう!


「は? 尾川関係ないじゃん。割り込むのやめてくれない?」


 微妙な空気。とっさに桧原くんの方を見ると、彼は今度はうつむいて黙っていた。歯を食いしばって、両手でズボンを握りしめる。


(桧原くんが何か言えばいいのに)


 私はそう思った。

 叩かれた桧原くんが文句を言うなら、廣山さんに関係ないと言われることもない。だから、尾川くんじゃなくて桧原くんがはっきり言えば、廣山さんだってきっと――――。


「だいたい、廣山は性格悪すぎなんだよ。カナはなにも悪いことしてないだろ」


 尾川くんが、言った。すると廣山さんはむっとしたみたいで、顔をしかめ尾川くんを睨みながらつぶやく。


「性格悪いのはそっちでしょ」

「はぁ?」


 尾川くんの声色が変わった。私は彼のことをそんなに知らないけど、でも今は分かる。

 尾川くんは今怒ってる。それが、分かる。


 その瞬間、弾かれたように尾川くんが右手を振り上げた。廣山さんはとっさに両手を頭の上に持ってきて防御の体制に入る。

 私は目をつぶってしまった。見たくない。そう思ったのだ。


 かなり、大きな音がした。廣山さん、叩かれた……?

 私がゆっくり目を開けると、そこには呆然としている尾川くんと廣山さん。そして、彼女の前に立っている桧原くんがいた。左側の頬が、赤く染まっていた。


「ちょっ、カナ――――」

「隆夜さ、本気で叩くつもりだったんだな」


 戸惑う廣山さんの言葉を遮って、桧原くんは言った。怒ってるっていうわけでもなかったけど、失望したというか、呆れたような声だった。

 尾川くんはかっと顔を赤くした。何か言いたそうに口を開いたけど、また閉じてうつむく。

 私は一人、なにというわけでもなく疎外感を感じていた。


「痛かったよ。これ、廣山に当たったらどうするつもりだったんだ?」

「それ、は……」


 居心地が悪いのか、尾川くんは何歩か後ろに下がった。その分だけ、桧原くんが彼の近くに歩み寄る。

 桧原くんは、尾川くんの右手首を掴んだ。


「この手で、俺を叩いたわけじゃん。……痛いよな?」


 尾川くんは静かに頷く。

 彼は桧原くんを叩きたかったわけじゃない。桧原くんを侮辱した廣山さんを叩きたかったんだ。


「俺、隆夜のこと友達だって思ってるよ」

「……ああ」


 二人は微笑んだ。桧原くんが、掴んでいた手を離す。


 ――――尾川くんが、桧原くんに抱きついた。


 私は目を丸くしてその光景を見ていた。だ、抱き……?

 隣では同じく目を丸くした廣山さんが唖然としている。気持ちはわかるよ。


「は!? ちょっ、隆夜お前なあぁっ!」

「カナに丸め込まれるとかマジで嫌だから」

「意味わかんねえし! 離れろ変態!」


 桧原くんは必死に抵抗するけど、尾川くんの方が大きいのでそれは叶わなかった。桧原くん、小さいもんなあ。それがかわいいと言えばかわいいんだけど。

 対して尾川くんは比較的大きい。体もがっしりしてる。そのせいでか、桧原くんはまるで戦力になっていなかった。


「やめろ、離せー!」

「いって! お前、噛みつくとか犬かよ!」


 桧原くんが尾川くんの腕を噛んだみたいだ。噛むって……。なんか、桧原くんらしい。

 私は思わず吹き出してしまった。二人にじろっと見られる。ひえっ。


「なんだよ。佐野さん、羨ましいの?」

「へっ!?」


 尾川くんは意地悪そうににやにやしながら言った。う、羨ましい、って……。

 桧原くんはぱちぱちと瞬きをして私と尾川くんを交互に見つめる。わかってないみたいでよかった……。

 それにしても、尾川くん、はっきり言いすぎだよ! 桧原くんが恋愛に鈍かったからよかったけど、そうじゃなかったらバレるところだった。


「なに? 何の話だよ、隆夜。いつ佐野さんと仲良くなったんだよ」


 桧原くんは上目づかいで尾川くんに尋ねる。すると尾川くんは鼻で笑った。え、鼻で……?


「秘密ー」

「なんだよ、教えろよ」


 桧原くんは挑むように下から尾川くんを睨みつけるが、こっち見るなと頭を上から押されていた。不憫。

 廣山さんに至ってはもう諦めたみたいで、自分の席に座ってむすっとしながらその様子を見ていた。あはは……。


「佐野さん、いつ隆夜と仲良くなったんだよ」

「え?」


 顔を上げると、すぐそばに桧原くんの顔があった。ち、近っ……!

 その距離およそ三センチ。鼻があたりそうなくらいだ。

 口をぱくぱくさせながら、私は告げる。


「私、尾川くんとは別になにもないよ!」

「へ?」


 桧原くんは自慢げに言う私を見てぽかんとした。通じなかったのかと思い、もう一度同じことを言う。


「だから、尾川くんとはなにもなくって!」


 必死に訴える私を見て、堪えきれなくなったのかついに彼はぶはっと吹き出した。どこに笑う要素があったのだろう。私は首を傾げる。

 そしたら、桧原くんは大爆笑し始めた。


「はははっ……! ふ……っ、ごめ、ちょっ、佐野さんサイコーすぎっ……」

「ええぇ!?」


 尾川くんも苦笑いしている。なんで私はこんなに笑われているんだろう?

 なんか、変なこと言ったのかな? それとも、桧原くんたちの笑いのツボがおかしいだけ?


「佐野さん、必死すぎ!」


 桧原くんは手の甲を口にあてて、笑いすぎて乱れた息を直そうとしている。ほんと不思議。なんで私、笑われてるの!?


 私、佐野優樹菜。池谷高校に通う一年生。明日はカラオケです。

 ……っあ、ほんとだどうしよう! カラオケじゃん!

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