番外編 入学式の日②(奏音目線)
さっそく歩き始める。俺の後ろを、佐野さんはおとなしくついてきた。ちょ、なんかかわいいんだけど。小動物感あるなあ。
その時、中学の頃のことを思い出して、俺は佐野さんに尋ねた。
「佐野さんの家って、もしかしてラスカの前のマンション?」
「えっ! な、なんで知ってるの!?」
ラスカというのは、薬局のことである。
驚いているのか、佐野さんは目を丸くしていた。俺は彼女が混乱するのを防ぐために、説明することにする。
「中学の時にラスカから出て来た時に見た人が、佐野さんの後ろ姿と似てたからそうかなって。あと、四中だって言ってたから」
「あうぅ……」
恥ずかしそうに顔を伏せて悶える佐野さん。うわー、なんかこういうのってあれだ。見たらいけない感じのやつだ。
てか、俺、女子と帰るのとか結構久しぶりなんだけど、大丈夫……か、な? 変なこと言わないように気をつけとこう。
とりあえず佐野さんが迷った理由もわかった。交差点の曲がり道を反対に曲がってしまったのだ。だって、ラスカは反対方向にある。俺の家の前まで来てくれていて助かった。
「も、申し訳ないです~……」
本当に申し訳なさそうにする佐野さんを見ていると、こっちが申し訳なくなってくる。
俺は気を取り直して言った。
「いいって。ほら、信号変わったから行こう」
さりげなく手を引いてみる。あんまり効果はないと思ったけど、彼女に俺のことをちょっと意識して欲しかったっていう気持ちがあったのだ。
なんだろう、これ……。すげー恥ずかしいんだけど。
その時、横をすれ違ったでかい男の人が佐野さんにぶつかった。絶対あっちが悪い。
なのに、そいつは舌打ちしてきやがった。あっ、やば、俺口悪い。
「ごめんなさい……」
佐野さんが謝るけど、そいつは睨んでくる。しつこいやつだ。「高校生のくせに」と言っていたけど、これで「中学生のくせに」とでも言われたら殴るところだった。
間違えなかったってことは、多分佐野さんの方を見ていたんだと思うけど。俺、佐野さんの弟と思われたりしてないかな。恥ずかし。
というか、佐野さんは……。
「佐野さん」
俺は佐野さんの方をを振り向かないまま名前を呼んだ。驚いたような返事が聞こえてくる。
「は、はいっ」
「――――大丈夫?」
振り向いた。目を見張っている佐野さんがいる。あれ、失敗した?
佐野さんが嫌な思いしたのに微笑むのもどうかと思ったんだけど、無表情はさすがに無理があったかな。嫌がられたかもしれない。
彼女はうつむいてしまった。ごく小さな声でつぶやく。
「だ、大丈夫……です」
「こっち向いて言って?」
意地悪だったかもしれない。俺は上目づかいしながら言った。
だって、下向いて言われるのはちょっとあれだった。だからつい、わがままを言ってしまったのだ。
というか、かがまなくても上目づかいできる俺って、どんだけチビなんだよ……。牛乳毎日飲んでるだけど、それじゃやっぱ効き目ないのかな。
ゆっくりと、佐野さんが顔をあげた。目が合う。うわあ、そういう顔、ずる……。
「大丈夫……です」
その瞬間、俺は目をそらしていた。嫌な思いをさせたかもしれない。でも、そうじゃない。
――――なんだよ、あれ。
多分、今顔真っ赤だ。でも、それも仕方ないと思う。佐野さん、も、顔赤かったな……。やばい、俺、まさか佐野さんが好き? マジで?
いや、ないないないない。だって、初対面、だぞ? いくら、ラスカに入っていくところを何度か見ていたからって、今日まで顔を合わせたこともないのに。俺、頭おかしいんじゃねーの、か。
でも、だって佐野さんがあんな顔するから悪い。初対面の男と普通に一緒に帰るってだけでいろいろと心配なのに、ほんと隙ありすぎっつーか、普通にかわいいし、彼氏とかいないのか?
いや、でも彼氏がいたら一緒に帰るわけないか。いやいや、でも俺、かなり無理やり連れてきたような……。お、俺かなりやばいことした?彼氏にぶちのめされる感じ?
「な、らいいけど」
とりあえず何か言おうと思って、そうつぶやいた。顔を隠す。はずい……。
その時、前からすごいスピードで走ってくる自転車が見えた。ぶつかるかもと思って、とっさに彼女の腕を引っ張る。俺より背が高いとはいえ小柄な佐野さんは、すぐに俺の力に引っ張られてしまう。
教室に入るときも思ったけど、佐野さん軽すぎじゃねーか? ちゃんと食ってんのかな。
「佐野さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
本人が大丈夫と言うならそれに越したことはない。でも、体重的には大丈夫じゃない気がする。無理させたらすぐ倒れそうだし、怖えーよ連れ回すのとか。
でもまあ、顔色は悪くないしいいのかな? そう思っていると、不意に佐野さんが立ち止まった。
「気分悪いの?」
俺のせいになってしまいそうで怖かったってのもあって聞いてみたけど、彼女は首を横に振って「ううん、大丈夫」と言った。怪しい……。
俺はしばらく怪しんでいたけど、ふと空を見上げた時に見えた飛行機雲に目が留まった。まっすぐ伸びていて、綺麗だ。
これを見た瞬間、なんとなくだけど佐野さんに見せたいと思った。彼女が見たら、喜びそうだと思ったからだ。直感だけど。
「あ、見て」
指差してみるが、佐野さんは全然違う方を見てきょろきょろしている。
「あっち」
俺は佐野さんの後ろに回って後ろから彼女のあごのところに左手を添えた。上に向ける。右手で飛行機雲を指差すと、やっと佐野さんはそれを見つけた。
「綺麗」
佐野さんはそうつぶやいた。やっぱり、予想通りだ。
「でしょ? 佐野さん、ああいうの好きかなって思って」
そう言うと、佐野さんはちょっとだけ顔を赤くした。そして、自分のしたことを思い出して俺も少し顔を赤くする。
(お、俺、佐野さんの顔触ってた……!)
何気なくやっちゃうって、俺バカ!? 恥ずかしすぎだろ! 死にたい……。
「うん。……好き」
そうささやいた佐野さんに返事をするために、俺は深呼吸して、笑いながら言った。
「だろうと思った」
精一杯笑って見せると、佐野さんは一歩後ずさりしていた。うわ、嫌がられた!
と、そんなわけで佐野さんの家に到着。そこで、佐野さんのお兄さんに出会った。そして、なんだかよくわからないけど家にお邪魔することに。さらにお昼ご飯もいただくことに……って、俺なにやってんだああぁ!
お昼は緊張してあんまり味しないし、手伝おうと思ったら佐野さんに遠慮されるし、俺いいとこねえなあ……。
結局、恥ずかしくなって家を出てきてしまった。失礼だったと思う。でも、なんかもう、嫌だった。
自分が最低だってことはわかってる。それでも、あそこにあれ以上いられなかった。
「俺、最悪……」
佐野さんのマンションを出て歩き始めると、涙が出てきた。ダサいなー、俺。
家に帰ると、静かなリビングのソファーに腰を下ろした。誰もいない、というのがまた寂しい。でも、仕方がない。親が共働きなんだから。
小学生の頃からこれだったから、今さら寂しいとは思っていられない。小学生の俺が我慢できて、なんで高校生になった俺が我慢できないんだよっていう話になる。だから、大丈夫。俺は、別に寂しさなんて感じない。
しばらくして、喉の渇きを感じた。立ち上がって冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、ふたを開ける。
喉が渇いていたからか、冷たい麦茶はとてもおいしかった。
ペットボトルを冷蔵庫にしまってソファーに座り直すと、テレビをつける。しかし、番組表を見てみても特に面白そうなものはやっていなさそうなので、すぐに消した。
「つまんねー……」
あまりにも暇すぎる。
隆夜にメールでもしようかと思ったけど、それもやめる。なんか、今は何に対しても、何をやっても楽しめそうにない。
ため息をついて、スマホの画面を見つめる。待ち受けに使っている写真は、中学の卒業式のあとにクラスで行った公園で撮った記念写真だ。一ヶ月も経ってないのに、随分前のことのように思ってしまう。確かあの日は公園で、みんなでガチ鬼ごっこをしたんだっけ。
うちのクラスは俺も含めて受験が危ないやつらばっかりだったから、担任の先生は毎日大変そうだったな。いっぱい迷惑かけたと思う。
それでも、行事ごとは団結して頑張って成功させたし、入試に落ちたやつは一人もいなかった。なんだかんだ言って、できてたんだよな。
(俺も含めて、か)
俺も、それなりに頑張っていたと思う。受験に失敗することもなかったし、どんなことにも一生懸命取り組んでいた。……多分。
身長がそんなに伸びなかったのはあれだけど、きっとこれから伸びるはずだ。そしていつか長身になってやる!
俺ならできる、そんな気がしてる。うん。
思い出に浸っていると、玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に、誰だ?
「はーい」
『宅配便でーす』
モニターに映ったのは、若そうな男性。宅配便の制服みたいなのを着て、立っている。
宅配便には基本またあとで来てもらうことにしているが、今断ると今日中には届かない。受け取ることにした。
「ハンコ~……あれ? ハンコどこだ?」
ハンコがなかなか見つからない。しばらく探して、やっと引き出しの中にハンコを見つけた。
「すいませーん」
俺は慌てて玄関のドアを開ける。宅配便のお兄さんは荷物を押しつけてきた。は、ハンコは押さなくてもいいのかよ!?
ハンコを押す前に、その人は走って帰って行ってしまった。なんだあれ。お客様相談室でクレームつけるべきか?
とりあえず荷物を取り出そうとしたのだが、ガムテープを切り開いて出てきたのは、大量の空き缶だった。はあ……!?
どうやら詐欺的なやつだったらしい。金とられなくてよかったけど、中身が空き缶っていうのは面倒だ。捨てなくちゃいけない。あーもう、受け取らなかったらよかった。
なんか今日は、不幸なことばっかりだ。佐野さんには失礼なことしちゃうし、詐欺に合うし。俺、なにやってんだ。
そんな時、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
「うわっ、なんだ母さんか」
びっくりしながら母さんの方を見る。今日はいつもより帰ってくるのが早かったらしい。
「いやー、疲れた。奏音、なんか作って~」
「はあー? 母さん、家事くらいしろよな」
これだから母さんは嫌だ。仕事から帰ってくると、疲れた疲れたと言って俺に夕飯を作らせたりしてくるのだ。疲れているのはわかるけど、俺が部活から帰ってくるとソファーに寝転がってて「夕飯作ってー」と言ってくるのはどうかと思う。
一応母親なんだから、最低限の家事はしていただきたい。俺だって、部活から帰ってきて夕飯作るのはさすがに疲れるんだよ。
「えぇ~いいじゃん、カナちゃん今日入学式だったんでしょお~」
「カナちゃん言うな」
俺は不機嫌につぶやく。つーか、入学式でも仕事いれる両親ってどうなんだ? もう高校にもなったら入学式とか来ないのかな、親って。
いや、でも、今日親とか結構いたしなあ。やっぱりうちの親がおかしいのか。
「もぉ~いいじゃん。カナちゃんってばさぁ~」
「あーもう、うるさい! キモい!」
語尾を伸ばしてくる母親に怒鳴ると、俺は自分の部屋に駆け込んだ。部屋のドアの鍵を閉めて、ひと息つく。
(これ、反抗期なのかな……)
俺は額に手を当ててため息をついた。なんか、暑いししんどい……。
とりあえず布団に入って寝ることにした。
桧原奏音15歳、高校の入学式。ほぼ初対面の佐野さんを好き、に……いや、興味を持ってしまったようです。
……って、マジかよ! どうすんだよ、俺!




