じゅうよん よんでも来ないとかありえない
ゴールデンウィークの初日、五月三日。暇です。
「優樹菜、電話」
お兄ちゃんが部屋に入ってきて、電話の子機を差し出してくる。
「誰?」
「高田くんっていう、男の子」
「は?」
お兄ちゃんは、優樹菜にボーイフレンドかあ、とか言っている。決してそんなんじゃない。
佐野優樹菜15歳。腹黒男が私に何の用なのでしょうか。
ゴールデンウィークはまだまだ長い。
「それで、何の用ですか」
『せっかくゴールデンウィークだし、どっか出かけないかなーと思って』
無言。出かけるというのは、もちろん私と、ってことだと思う。私がそんなの行くはずない。
「行かない!」
私はそう叫ぶと、そのまま通話を終了させた。せっかくのゴールデンウィーク、無駄にしてたまるものか。今日は漫画を読みまくるって決めたんだから。
私は子機をベッドに放り投げて漫画を読み始めた。その瞬間、ベッドに投げた子機から音楽が流れだした。電話だ。
私はため息をついて、通話ボタンを押した。
「もしもし、佐野です」
『いきなり切るとか最低だな!』
耳がキーンとする。頭痛い。このまま切ってしまおうか。だって最低なのは高田くんの方だ。
それと、名乗ってほしい。大体わかるけど、常識くらい考えようよ。
『今日の10時、三滝公園の時計台の前! 絶対来いよ!』
「う、うん」
思わず返事をしてしまった。行かないけど。
その後、通話は一方的に切られた。勝手な人だ。今は九時過ぎ。うん、わざわざ行かなくてもいいよね。
……でも、返事しちゃったんだよなあ。さすがに罪悪感がある。
まあ、いいよね。好かれちゃってるんだから、嫌われた方がいいだろうし。うん、ほっとこう。
私は再び漫画を読み始めた。
気付けばもう11時だった。さっきから二時間も漫画を読み続けていたことになる。ちょっと目が痛いし、しばらく読むのはやめようかな。休むことも大事だもんね。私はベッドに寝ころがった。
すると、チャイムが鳴った。足音が聞こえたから、お兄ちゃんが出たんだろう。しばらくして、私の部屋のドアが開いた。お兄ちゃんだ。後ろになんかいる。背後霊?
……じゃなくて、高田くんだった。
「優樹菜、お友だち」
「お、おお、お兄ちゃん! 知らない人を家に上げたらだめだって、私前に言ったよね!?」
私は叫んだ。お兄ちゃんの無防備さには頭を抱える。
「え? でも、優樹菜のお友だちだって言ってたよ?」
「それが嘘で、騙されたりしたらどうすんの!」
お兄ちゃん、ほんとにしっかりしてほしい。今回は高田くんだったからよかったけど、いやよくないけど、私たち兄妹まとめて拉致られました、とかシャレにならない。でも、そうなる日もそう遠くないかもしれない……。
対応は、私がしよう。お兄ちゃんに任せてたら、絶対私死ぬ。いやこれほんとに。
「てか……高田くん、なんで家に来てるわけ?」
「来いっつったのに来ねえからだろ! 普通、俺が呼んでこねえとか有り得ねえし」
今、地味に自画自賛した気がする。……気のせいかな?
というか、私が怒られる立場になっている。いや、怒られるのは仕方ないのかもしれない。だって、約束すっぽかしたのは私だし。でも、まさか家にまで来るとは思わなかった……。
なんで私の家の場所知ってるんだろう。怖い、怖すぎる。ホラーだ。
「じゃ、行くぞ」
「え?」
数分後、私は出かける用のまあまあおしゃれな服に着替えさせられ、高田くんに引きずられるようにして家を出た。お兄ちゃんが笑顔で手を振っていたのが怖かった。
「ちょっ、どこ行くの!?」
「アリアスモール」
高田くんは私の腕をつかんだまま、振り向かずにそう答えた。
アリアスモール。ここらへんで一番大きいショッピングモールだ。私、一回しか行ったことないんだよね。二年前くらいに、家族と一度行ったきり。
あそこ、車でなら20分くらいでいけるんだけど、行くまでの道も着いてからも駐車場もすごい混んでるんだよね……。だから、一回行ってもういいやってなったんだ。
というか、今からどういう交通手段で行くつもりなんだろう? まさか、自転車とか歩きとか言わないよね?
三滝公園に着くと、大きな外車が止まっていた。あ、そういえば高田くんって――――。
「渡辺、車出せ」
「かしこまりました」
車に乗せられた私は、中学の時のことを思い出していた。
そうだった、忘れてた。高田くんって、超セレブのお金持ちさんだったじゃん……! それで男子には疎まれてたんだよね、たしか。
転校してきたのも、そしてそれが私のクラスだったってのも、全部裏から権力まわしてやってたんだ! 怖っ! 黒い、黒すぎる!
「喜べよ、佐野。二年ぶりのアリアスモールだぜ」
「どこから仕入れたのその情報!」
やっぱり怖い! 何この人、個人情報保護法もなにもないじゃん!! 高田家恐るべし。
私は冷や汗を浮かべながら大人しく座席に座っていることにした。抵抗したりでもしたら、どうなるか分からない。殺されたらどうしよう。高田家ブラックすぎる。ほんと怖い。
「どうしたんだよ、佐野。気分悪いのか? 窓開ける?」
「その気配りができるくらいなら、誘拐なんてしないと思うんだけど」
「なんだよ人聞き悪いな」
うるさい。誘拐は誘拐だもん。私は連れ去られたんだ。これは紛れもない事実です。ほんとに、高田くんって謎。
まあでも、アリアスモールに連れて行ってくれるって言ってるし、急かされたせいでお金持ってきてないし、ちょっとはお得かもしれない……? 利用してるみたいで、ちょっと罪悪感あるけどね。ま、いっか。
「ほら、着いたぞ」
約30分でアリアスモールに到着した。道が混んでいなかったから、早く着くことができたみたいだ。
車を出ると、ひんやりとした冷たい空気が頬に当たって気持ち良かった。
私たちはアリアスモールに入ると、まずお昼ご飯を食べるためにフードコートに向かった。駐車場が混んでいたから何となく予想はついていたけど、やっぱりここも混んでいた。
「席、見つかるかな?」
ちなみに、車の運転をしてくれていた高田家に雇われている渡辺さんは、車を止める場所を探している。私たち二人で車を降りて、先にフードコートで席を探しておくことにしたんだ。
(というか、私たち、二人きり……!?)
私は焦った。周りに人がいるだけマシかもしれない。うん、カラオケボックスとかの密室で二人とかよりずっとマシだ。
それにしても、最近私、リア充化してる気がする……! 中学の頃はウソコクのこともあったから、男子とか苦手だったし話すこともほとんどなかったんだけど、今はカナくんや尾川くんがいるし、今日なんか高田くんとお出かけしちゃうし、なんだろう……。と、とりあえず私、リア充!?
私が自分の本性(?)に気付いてしまい青ざめているうちに、高田くんはもうすぐどいてくれそうな人に声をかけていた。
「この席、もう空きますか?」
「え? ……ああ! 空きますよ、どうぞ!」
席に座っていたのは、両親と子供二人の四人家族だったんだけど、声をかけられた女性の目がハートだった。うわあ……見た目に騙されたね、お母さん。
というか、旦那さんすごい目で見てますけど、大丈夫ですか。あとでケンカになったりしても、私たちの、特に高田くんのせいにとかしないでくださいね。
そんなわけで、高田くんのおかげで何とか席をゲットできた。高田くんは食べ物を買いに行き、私は咳で待っておくことになった。
しばらくすると、高田くんの側近渡辺さん(38歳独身)が現れた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。駐車場が予想以上に混雑していたので、時間がかかってしまって……」
「わわっ、き、気にしないでください! い、今高田くんが生パスタを買いに行ってくれたので!」
最後のは、理由になっていなかったと思う。
敬語を使われてビビった私は、慌てながら返事をした。生パスタ、楽しみだなあ。
ちなみに私はトマトソースとチーズがたっぷりかかったパスタを選んだ。どこから手に入れたのか知らないけど、高田くんがメニューを見せてくれたんだよね。
というか、私本気でお金持ってきてないんだけど、大丈夫かな? あとで利子をプラスして請求されたりしたらどうしよう……!
「あ、あのっ! 渡辺さん、私、お金まったく持ってきてないんですけど……」
「いいんですよ」
渡辺さんは、そう言って笑った。それ以上、何も言わない。
私も何も聞かないことにした。決して高田家(の、渡辺さん)が怖いからってわけじゃない。人間として空気を読んだだけです。
しばらくすると、高田くんが帰ってきた。重そうな陶器の皿に入ったパスタを三人分持ってくる。席とお店結構離れてたけど、大丈夫だったのかな?
「た、高田くんありがとう」
「そんなびくびくすんなよ」
そういうつもりだったわけじゃない。けど、そう見えたみたいだ。
私は理由もなく謝った。
「いいから、さっさと食えよ。冷めたらまずくなるぞ」
「う、うん」
私はフォークにパスタを巻きつけて、口に入れた。おいしい。
食べ終わると、なぜか高田くんは「見たいものがあるから」と言って雑貨屋さんに向かった。『orange』という雑貨屋さんである。
「なにが見たいの?」
「ああ。いとこになんかやりたいから、選んでくれないかと思って。趣味が、佐野と似てるんだよ」
高田くんはそう言って、おもむろに左手を首の後ろにおいた。私がいる方と反対を向いている。照れてるのかな? ブラック高田くんでも、照れることなんてあるんだね。(失礼)
彼の意外な一面を知って、私は思わず口角を上げてしまった。ニヤつくの、禁止しよう。私、最近ニヤニヤしてばっかりだ。
「それで、何買うの?」
私が尋ねると、高田くんはもごもごと言った。聞こえにくい。
「女子が、好きそうなやつ……」
範囲が広い。私はとりあえずお店を一周する音にした。
文房具だったらあっても困らないけど、ストラップは趣味と違ったりしたらいらなくなっちゃうよね。それに、高田くんからもらうってことになるんだったら、重く感じるかな……。まあ、相手がいとこならいいのかもしれないけど。
ぬいぐるみやマスコットもあるけど、必要としないタイプかもしれない。私の部屋には大量のぬいぐるみがあるけど、そこまで一緒とは限らないし。やっぱり、文房具がいいかな!
と言っても、ノートかペンかとかもあるよね。使い勝手良くて、さらにかわいいのがやっぱりいいかな? 私と同じような趣味なら、かわいいのが好きなはずなんだけど……。
「これが良くない?」
私が指差したのは、三色ボールペン。私、これの色違い持ってるんだよね。結構使いやすいし、なにより見た目がかわいい!
色を私が持っているのと変えたのは、なんとなく。さすがに、自分が持っているのを人の友達にプレゼントするっていうのには抵抗がある。
「じゃ、これにするか」
尾川くん、即決。わ、私の考えだけで決めちゃってもいいのかな?
驚く私を置いて、彼はレジに並んでしまった。早い。並んでいる人が多いから、しばらく待っておかないといけなさそうだ。
数分後、ラッピングされたペンが入った袋を、高田くんは私に差し出した。
「それ、やるよ」
「え?」
待って待って、意味分かんない。いとこにあげるんじゃなかったの?
「なんで? それに私、これの色違い持ってる……」
「え!」
私の言葉に、高田くんは目を見開いた。
もともと私にプレゼントしてくれる予定だったらしい。だから、私に選ばせたのか……。結果は失敗だけどね。
だって、色違い持ってるし、自分で選んだものをプレゼントされてもあんまり嬉しくな……いやいや、これはきっと高田くんがピュアな心で一生懸命考えた作戦なんだ。さすがにここで受け取らなかったら悪いよ。高田くんも、処理しようにも出来なさそうだし。
そうだ受け取ろう。使いやすいんだし良いじゃん。うん。
「ありがとう、高田くん」
私は高田くんから無理やり口角を上げて袋を受け取った。彼が笑う。
ごめん、罪悪感しかないよ。
私、佐野優樹菜。高田くんに連れまわされています。
……私、高田くんよりもカナくんとの仲を深めたいんだけどなあ。




