雨
「一度七染市へ入って小雨原から九鳩市へは行けないのか?」
藤の指先が広げた地図に描かれた線路を辿る。
楓は首を振った。
「確かにそれだと近いけれど、俺達の市民証では七染市で九鳩市行きの切符は買えない」
車窓に雨粒が当たり斜線が引かれる。
雲の厚みが増して長く雨が降る予感がした。
「ここの国道から徒歩で進んで、迎えの車と合流するのがやっぱり一番いいよ。遠回りだけどね」
地図を再び折り畳み仕舞う。
貴重な帰還者を対応所の副所長の独断で断絶が行われた都市へ向かわせるなどと、改めて考えてみれば滅茶苦茶だ。
露見すればどのような処分が待っているのか。
そもそも帰還者を一人の所員を付けただけで市外に出すなど正気を疑われる行為だろう。
それでも森崎が決断したのには九鳩市の危機的な状況のせいだ。
九鳩市に配置されている帰還者は二人である。
そのうちの一人が高岡椿で今は本来の所属する都市である十雪市にいる。
帰還者に与えられた数少ない権利の一つ、一時帰市だ。
高岡椿が言わば里帰り中に十雪市による一方的な断絶があり、更に残るもう一人の帰還者が行方不明になった。
捜索が行われているが、消失ではないかとの見方が大半らしい。
帰還者がいない都市、それは人びとが指を石にして眠りについても起こす者がいないことであり、眠る人びとだけが着々と増え続けていく。
眠りの先に待つのは死だ。
その様な状態になっても何らか有効な手を打てず九鳩市の対応は後手に回った。
そのあたりの詳しい説明は森崎は省いた。
楓も特に聞こうとは思わなかった。
楓が必要としたのは何をするべきか指示を与えられることだった。
「ただ一つ安心して」
森崎は楓の手を取り握りしめた。
「明日までは藤君がどこへいようとも捜索の手はのびないから」
妙な迫力に圧されて楓は「はい」としか返事ができなかった。
楓と藤に課せられたのは明日までに十雪市を脱出し、明後日には九鳩市の遺跡へ入ることだ。
遠くで雷鳴がした。
藤が目を丸くして窓の外を見ている。
ミヤの家の猫みたいだと楓は小さく笑みをこぼした。
大きく見開かれた目に光がきらりきらりと映っていた。
久しぶりで短い更新になりました。次は穂村という子を出そうと思っています。早く更新できるようにしたいです。




