バス停
十雪市を出る一つ手前の駅で全ての乗客は降ろされた。
歩廊で駅員が乗客に向かって声を張り上げている。「次の西宿駅は閉鎖されています。西宿駅は閉鎖です」
次の駅までは臨時バスが運行されているらしい。
バスの乗り場へと進む人々から外れて二人は駅舎を出た。
アスファルトに雨粒が黒く丸い跡をつけて染み込んでいく。
駅の購買で買った傘を二人並んで差す。
道を歩く人影は二人の他はない。
何もかもが雨の中に沈み廃業地区へ迷いこんだような心地がする。
楓は手に持った携帯端末機で時計を表示させた。
藤は隣で恨めしそうに携帯へ視線を注ぐ。
それに気付いた楓はさっと携帯を懐へ隠した。
「これでゲームは出来ないからね」
「なんで」
「これは借り物だって言っただろ」
居住区を抜ければその先は農業用地だ。
更に進めば山に入る。
二人は山の中を通る国道を使い九鳩市へ向かおうとしていた。
全て森崎の指示である。
収穫が終わったらしい畑が見えてきた時、周囲が白く煙るほどに急激な豪雨に見舞われた。
簡素な小屋のような市バスの停留場を見つけ、そこに避難した。
トタン屋根に雨が激しくぶつかる。
「靴下が濡れて気持ち悪い」
置かれていた長椅子に座るなり藤は靴を脱ぐ。
楓は入り口に立ち雨の向こうの山を眺めた。
山といってもこの辺りは標高は低い。
今回の件で初めて国道の存在を知った。
ほとんど使われていないらしいが保守点検は定期的に行われているらしく、荒れ果ててはいないらしい。
とはいえ秋も深まったこの季節に山中で夜を明かす覚悟は必要だ。
迎えを寄越すと森崎は言っていたが、いつどこで落ち合えるのかは不明だった。
(早く国道に入らないと)
唇を固く結ぶ楓の後ろで「うわっ」という叫び声が聞こえた。
驚いて振り向くと藤が自分の染めた手とそのままの足を見比べている。
「こうして見ると俺、白いな」
今更何を、と力が抜けた。
傍に寄り楓は袖口を捲って腕を差し出した。
楓の腕と藤の手と足、見事な濃淡が現れた。
染めていない藤の足は作り物のような白さだった。
本当に血が通っているのか不安になって楓は爪先を掴んだ。
冷たい。
雨で体温を奪われたのか、それともいつもこの冷たさなのか。
藤の手が楓の手を打つ。
「放せ」
「冷たい、そっちの足も掴んであげようか」
「いらん。放せ」
再び手を叩かれた。
本のひとときだろうとの予測は甘かったらしい。
依然雨足は強いままだ。
時計を確認し楓は小さくため息をついた。
白い爪先がぶらぶら宙を浮く。
出発まで濡れた靴から解放されたいのだろう。
全ての電子機器の持ち出しを禁じられた藤は退屈そうだ。
「なあ」
「うん」
「派遣の理由を聞かせてくれ」
楓はゆっくりと首を傾げた。
「森崎さんの手紙に書いてなかったのか」
「なかった。詳しくはお前に聞けってさ」
大きく息を吸い楓は天井を見上げた。
「この性急さだ。九鳩市には誰もいないって事だけは分かる」
藤の唇は動いたが続く言葉を発することが出来なかった。
楓は急いで言葉を紡いだ。
「ごめん、知ってると思ってた。悪かった」
明るい調子で言ったのはわざとらしかっただろうか。
俯いた藤の顔は暗がりに邪魔をされ見えない。
「九鳩市にいた帰還者は二人、そのうちの一人はこの前、遺跡で会った高岡椿さん。もう一人は現在所在が不明」
藤の顔は更に俯いた。
「違うよ。年齢的にそれはおかしいから」
断言する。
「何か事故に遭った可能性が高くて、捜索されている」
(それとも事件の方か)
「高岡はどうしてそんな時に帰ってこれた?」
「高岡さんが十雪市に帰った直後にもう一人の所在が分からなくなったんだよ」
「二人同時にいなくなるとか。しかも断絶中に。それ、明らかにおかしいだろ」
「うん」
「高岡の奴を問い質せないのか」
「うん」
「うん、て頷いてばかりだな、お前。ちゃんと答えろよ」
不機嫌な声と顔を向けられた楓はコンクリートの床に傘の先を落とす。
水滴が伝わってコンクリートに染みが広がる。
「知らないんだ。俺は詳しくは聞かされていないから。俺に与えられた業務は藤を九鳩市へ送り届けることだけ」
嘘はついていない。
本当に森崎の指示はそれだけだ。
分からない事は言うべきではない。
(状況も、そして今後の事も)
「財団から新しい帰還者が来るまで、もう待てない状態らしい」
トタン屋根に当たる雨の音が僅かに弱まってきている。
屈んで藤は靴を引き寄せ白い素足をその中へ入れた。
「一週間程度いなくてもここは大丈夫だ。だけどそれ以上長引くのは正直不安に思う」
水晶病は発病した時から罹患者の時間を止めてしまう。
一ヶ月もの間一切の処置を受けずとも罹患者の体には何らか影響はないほどだ。
十雪市の歴代の帰還者は皆仕事熱心だった。
藤も多分に漏れず真面目な勤務態度で、市内の罹患者は発病から二週間以内には回復している。
藤が十雪市を離れ、あの高岡ともう一人の男はその責務を果たそうとするだろうか。
森崎もその辺りは充分に考慮した上での判断ではあろう。
(森崎さんが動いたのはただの恩情だけなのか)
湿った靴の中は冷たくやけに密着するようで気持ちが悪かった。
帰還者のいない都市、同時に起こった断絶、先日の写真がめまぐるしく楓の脳内を駆け巡る。
「頭が痛くなってきた」
「雨に濡れて風邪をひいたか」
立ち上がった藤が楓の額へ掌を当てる。
間近に見る藤はいつもと違う肌色のせいか、神秘的な雰囲気は薄れ生来の育ちの良さがその眼差しにくっきりと表れている。
「いや、考え事をして」
「普段脳みそを使わないからだ」
固い骨と薄い皮膚で構成された体温の低い掌が離れていくのを内心惜しく思いながら楓は頷く。
「そうだな。普段しない事はするものじゃない。俺が考えたって答えは出る筈がない」
藤の口の悪さに怒りもせず素直に認めてしまう。
外へ視線を移した楓の表情が引き締まる。
「雨が弱くなった。行こう」
藤はわざと楓に肩をぶつけて先に停留場を出た。
状況説明が長くなって、新しい子が出せませんでした。
次はもう少し早めに更新できたらいいなと思います。




