二人
明るい日差しの下が好きだ。
冬よりも夏が好きだ。
寂しさよりも賑わいのある方が好きだ。
それなのに街の喧騒は遠く他に人影のない野原に立つ今、自分の心はこの野原が居心地が良いと確かに言う。
冷たい夜の空気を吸い込んだ。
月は煌々と輝く。
普段は忘れている胸に空いた穴が暖かな何かで埋まるような気がする。
(何だろう、これ)
時折訪れるこの感覚に楓は胸に手を当てて考えてみるが分からなかった。
先に歩いていた藤が立ち止まり振り返る。
藤の頬が月光に照らされて乳白色に光る。
楓は横に並び視線の先を追った。
黒い山々の連なりがあった。
「あの向こうにも」
乾いた唇が最小限で動き言葉を発する。
「人は住むのか」
楓は再び暗い山の影へ視線を戻す。
「うん」
頷くと何故か笑った気配がした。
「行くか。此処は寒い」
それほど寒いとは思わなかったが再度頷いた。
足元で鳴る枯れ草の折れる乾いた音に耳を澄ませる。
交わす言葉もなく黙って歩いた。
今日は風もない。
砂利道に入る。
先日の雨で未だ所々に水溜まりが残っている。
砕けたコンクリートの塊も転がり、楓は躓きはしなかったもののズボンの裾を引っ掻けた。
不意に一筋の光が足元を照らした。
顔を上げると藤が小型の電灯を手にしている。
「ありがとう」
丸い光が道の上で揺れる。
飛び越えるには大きな水溜まりが現れ二人は迂回した。
月明かりはあってもやはり暗い。
電灯の灯りがなければ足を突っ込んでいたかもしれない。
「この俺の機転の利かせ方、素晴らしいね」と藤は自画自賛する。
その立場上藤は毎日のように足元の悪い野原を歩く。
(何かあったな)と察し「前にはまった?」と訊ねると「うるさい」と背中を叩かれた。
足元は砂利から舗装された道路に変わった。
古い集合住宅が並ぶ市営団地だが住民は居らずどの窓も真っ暗だ。
二人だけが此所に存在している。
再開発が始まるまで此処は水底のような静けさに沈み続けるのだろう。
理由もなく手が伸びていた。
不意に掴まれた腕に不思議そうな顔で藤が振り向く。
「どうかしたのか?」
問われても答えなど口から出てこない。
「いや、別に」
自分でも困惑して手を離した。
首を傾げる楓に藤は「何だ、それ」と呆れた様子だった。
団地を抜けると自動車の行き交う道路へ出た。
バス停で待つ間楓は藤を絵画展に誘った。
「お前が絵を見るのか?」とひどく驚かれたが了承を取り付けた。
「しかし似合わない」
二人掛けの座席に前後で座る。
バスは二人の他に乗客はいなかった。
一人でバスを運転するのは寂しくないのかなとぼんやり考えている楓に藤は「似合わない」と言い続ける。
「見たい絵が一つだけあるんだ」
「ふうん」
青白い照明の光に満ちた車内から見る夜の街は現実感が減少する。
街灯が照らす夜道は人の姿が徐々に増えていく。
店舗の看板や扉から溢れる光の洪水は闇を押しやって逆転してしまう。
窓から前の座席に座る藤へ視線を移した。
藤も窓の外を眺めていた。
青白い光のせいで肌がまるで樹脂で出来ているかのように見える。
「このバスの終点、知っているか」
窓から視線を動かさず藤は問いかける。
「知らない。どこまで行くの」
「戻橋」
「どこ?」
「ずっと北だ」
「行った事があるの?」
小さく頭が縦に振られた。
フードから灰色の髪の毛先が跳ねる。
「俺は十雪市から出れないけれど、十雪市であればどこだって行ける」
藤は穏やかな笑みを浮かべていた。
「今度連れて行ってやる。意外と広いぞ、十雪市は」
藤は約束を違えない。
楓は素直に喜んだ。
突然謎が解けた。
(ああ、そうか。ただあの場所にもうちょっと居たかっただけなんだ)
しかしどうして留まりたかったのかはバスを降りてからも謎であり続けた。
完全に書き換えました。




