過去、現在、未来
独立帰還者の発生は一律ではない。
水晶病患者25万人に1人との統計が出てはいるが全体の数字であって都市ごとに発生率は大きく異なる。
独立帰還者は帰還者と認定された時点をもって柊財団へその所属を移行する。
水晶病都市支援法に記載されたこの一文は独立帰還者を多く輩出する都市とそうでない都市の不公平を解消するべく設けられた。
しかし殆どの都市は本来の目的を離れて帰還者が所属を移行する点に注目し、帰還者は市民ではないとの曲解した。
即ち市民としての権利は認められないという見解だ。
帰還者になれば都市から住居の提供から専用の運転手まで厚遇を受ける。
市民の七割がかかる水晶病は帰還者の手に依らなければ回復できない。
帰還者がいなければ未来はなく死が待つばかりとあってはこの厚遇も致しか無い。
そう納得する多くの市民は羨望の眼差しを向け憐れみから視線を逸らす。
この厚遇は帰還者を監視下に置く為だ。
誘拐や自らの意志による逃亡を防ぐ目的である。
いわば軟禁状態にも等しい。
市民であれば非難を受けるような都市の施策も帰還者の重要性と目に見える待遇を前にうやむやになる。
ある日突然説明もなく意志も問われず他都市へ移送される。
帰還者にとってそれは決して有り得ない事ではない。
白い書面に印字された農作物や工業製品或いは水源や電力の供給といったものの中に帰還者の項目が並ぶ。
水晶病都市支援法が制定されて十六年、今なお帰還者が都市間の交渉材料とされている現状がある。
十雪市は帰還者の扱いが他都市と比べて突出して異例である。
その異例は森崎が水晶病市民対応所の副所長に着任して一年後、今から三年前から始まった。
その一つが監視の廃止だ。
これにより帰還者は市内ならば自由に自らの足で赴けるようになった。
六歳の頃から監視下に置かれていた藤は隙をついて一人で外を出歩く事もあったが、全く自由ともなるとさすがに最初は戸惑った。
森崎が何故このような改革をしたのか。
(変わっている)だけでは済まされない何かがある。
新任早々に藤の自宅を訪ねてきて話をした記憶は三年前だが鮮明に思い出せる。
対応所の副所長自らが訪れるというかつてない事態に「どのようなご用件ですか」と藤の父親は警戒に満ちた問いを投げた。
その時森崎は目尻に細い皺を刻んで微笑み「藤君と仲良くなりたいなと思いまして」と回答した。
ますます困惑する父親に森崎は悠々とした態度で藤と何気ない日常的な会話を続けた。
その後も度々森崎は辻川家の玄関へ現れた。
今では辻川家において信用に値する人物として認識され歓迎すらされている。
藤にとっては森崎は独立帰還者の前に一人の人間として誠実に接してきた稀な大人であり、決して口には出さないが密かに尊敬の念を抱く。
そのような人物だからこそ楓には会わせたくなかった。
楓には別の未来を期待していた。
高校を三年で卒業したらきっと進学は選ばず就職をするだろう。
大人になればいつの間にか自分ともすれ違う日々が多くなるに違いない。
(忘れてしまえ、楓。お前は俺達とは違う)
そう比べてみればいい。
夜空よりも真っ黒な髪や日の匂いがする焼けた肌と、曇り空みたいなくすんだ灰色の髪や蝋燭を切り出したような白い肌は余りに違う。
けれど楓は藤が思い描いた未来とは相容れない道を進んだ。
よりにもよって対応所の所員になるとは思わなかった。
ならば、と藤は森崎へ楓を管理棟へ送るよう慎重に言葉を選んで頼んだ。
丁度管理棟から通達も来ていたらしく森崎も良い機会だと判断したらしい。
この時点ではまだ研修後勤務地は十雪市か管理棟か決定していなかった。
そうして管理棟へ楓は出向いたが研修を終えるとすぐに十雪市に戻ってきた。
引き続き管理棟での勤務になるかもしれないという願いは呆気なく消えた。
森崎を責めるわけにはいかない。
日が暮れて月のない夜になった。
楓の父母が不在になってからほぼ夕食は藤の家で摂る。
いつもより遅く楓は家に来た。
少し仕事が長引いた。
言葉少なく説明をする。
床に置いた鞄から似合わない分厚い書籍の背表紙が覗く。
水晶病に関するもののようだ。
仕事へとのめり込む楓を藤は暗い目で見つめた。
森崎がちょっと多く出てしまいました。
かなり削ったのですが、読んでる方にはどうなんだろう?と思いつつ。




