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崩壊 2

 一方石壁内側に部隊を率いて待機していたグリゼルダとシュリは、混乱に乗じて勢いを増すガイナス兵と戦闘を繰り返していた。隊の半数ほどをヒュドラーの迎撃および住民の退避に割いた分防衛網はどうしても手薄になり、そこをガイナス側は見逃さなかった。


「黙眼を通してジートの死亡は確認しましたが、同時にヒュドラーが現れるなんて……」


 グリゼルダはそう言いながらガイナス兵の剣を杖でいなし、流れるように喉元に衝撃波を打ち付けた。兵士がまるで人形のように数十メートル上空へ吹っ飛ぶ。


「ジートの命術か何かだろう。レアンドラがへまをしたな」


 シュリがそう呟きながら激しい稲妻を周囲に飛び散らせる。触れて体を燃やす者、痺れて動けなくなる者……気付けばシュリの周囲には倒れた雑兵の山が出来上がっていた。


「問題はそこではなく、ジートとガイナスが繋がっていたことです。ディーヴァの誇りを彼女は踏みにじった」


 グリゼルダが唇を噛みしめながら力強く純白の杖を振りぬくと、瞬く間に周囲を深い霧が包んでいく。ガイナス兵は構わずグリゼルダに向かって突撃したが、霧の向こう側から来た仲間の部隊に切りかかってしまった。辺りを見回すがもうそこにグリゼルダの姿はない。霧がさらに濃くなるとガイナス兵たちの呼吸は圧迫され、苦しそうな呻き声が木霊する。


 純白の魔女グリゼルダが産まれたとき、誰もが彼女を祝福した。ディーヴァであることはもちろん、白い肌に白い瞳、美しい白髪が彼女を「聖女」として印象付けたのだ。伝承の中にしか存在しえない光の魔法を操る魔法使い……フラーモ中の人々が彼女に羨望のまなざしを向けた。


 しかしその期待はすぐに裏切られることになる。彼女が操る魔法は霧、その白い瞳は小さい飛沫を彷彿とさせる色だったのだ。自身が聖女ではなかった、その事実に最もショックを受けたのはグリゼルダ本人だった。


「あなたは悪くないわ。霧は水と空気が合わさった複雑で繊細な魔法。それを操れるあなたは十分天才よ」


 両親や周囲から愛情を受けながら育ったグリゼルダだったが、胸にしまい込んだコンプレックスは日に日に強くなっていった。しかし彼女が人と違ったのは、その事実に腐ることなくディーヴァとしての誇りを誰よりも重んじ、周囲に尽くすことで自身のアイデンティティを確立したことだ。


「グリゼルダ様!」


 深い霧を抜けた先で戦うフラーモの兵士から声があがる。グリゼルダが急いで駆けつけると、そこには負傷して動けない仲間を抱き抱えて狼狽する魔女がいた。首元を切られ、おびただしい出血が見られる。グリゼルダはすぐに兵士の首に指をあてた。わずかに呼吸はあるものの、今にも消え入りそうな状態だ。


「大丈夫、もう大丈夫よ」


 グリゼルダは優しく声を掛けながら目を閉じ、傷跡を手のひらで覆い隠すようにして何かを唱えた。一瞬淡い光が見えたかと思うと、兵士の首元は細かい泡の膜で閉じられていた。流れ出ていた血もピタリと止まっている。


「傷口は密閉したわ。私の泡には体液の循環を促す効果があるから、安静にしていればまだ助かる」

「ありがとうございます。でも、ほかにも怪我をした魔法使いがたくさん居るんです」

「ええ、わかってます。すぐに治療を」


 グリゼルダが言いかけたとき、すぐそばで重く冷たい音がけたたましくなり始めた。ヒュドラーが起こす地鳴りではない。それは“人サイズの何か”が巨大な金属を何度も地面に突き立てる音だった。

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