外伝3 愛の証
季節は移り変わり、庭の薔薇が見事に咲き誇る頃。
セリーヌはその花々を眺めながら、そっと心の中で数を数えていた。
――あと二日。
それは彼女の誕生日。
けれど、この屋敷に来てから日々は慌ただしく、誰もそのことに気づいている様子はなかった。
レオンハルトも、最近は政務に追われている。彼に祝ってほしいなどと望むのは、わがままなのかもしれない。
セリーヌは苦笑し、薔薇の花弁をそっと指で撫でた。
「お祝いなんてなくても……こうして穏やかに過ごせているだけで十分」
けれど、その声はどこか寂しげで、自分でも驚くほど胸の奥に空虚さが残った。
そして誕生日の朝。
セリーヌはいつも通りに目を覚まし、侍女の手を借りて支度を整えた。
だが廊下に出ると、屋敷の雰囲気がどこか妙に静かで、人影もまばらだ。
「……?」
不思議に思いつつ食堂に向かうと、そこには誰の姿もなかった。
整えられた食卓に、一人で座る。胸の奥に小さな孤独が広がった。
「やはり、誰も……」
そのとき。
――コン、と扉がノックされる。
入ってきたのはレオンハルトだった。
「遅れてすまない。……一緒に来てほしい」
セリーヌは驚きながらも立ち上がる。
彼に導かれるまま廊下を進み、屋敷の奥へ。見慣れぬ扉の前で立ち止まると、レオンハルトは小さく息を整えた。
「……目を閉じてくれ」
セリーヌは戸惑いながらも従う。手を取られ、静かに扉の中へと導かれる。
そして。
「――開けていい」
そっと瞳を開いた瞬間、息を呑んだ。
そこは花々で彩られた小さな部屋。
壁際には色とりどりの薔薇が飾られ、窓辺には淡い布が垂れ、光が柔らかく差し込んでいる。
中央の机には、セリーヌが愛してやまない絵の道具と、真新しいキャンバスが置かれていた。
「これ……は……」
言葉を失うセリーヌに、レオンハルトが少しぎこちなく口を開く。
「誕生日おめでとう、セリーヌ」
胸が熱くなる。
彼が、自分の誕生日を覚えていてくれただけでなく、こんなにも用意してくれたなんて。
「レオンハルト様……ありがとうございます」
瞳に涙がにじみ、声が震える。
彼は少し視線を逸らしながら続けた。
「お前がこの屋敷に来てから、絵を描く姿を何度も見てきた。……あのときの表情は、何よりも輝いていた」
「私の、表情……?」
「ああ。だから、この部屋をお前に贈る。ここで、好きなだけ絵を描いてほしい」
セリーヌは胸がいっぱいになり、思わず彼に駆け寄った。
「嬉しい……! 私のために、こんなことを……」
彼の胸に顔を埋め、涙が頬を伝う。
レオンハルトの大きな手が、そっと背に回された。
「お前はもう、ただの妻ではない。私の半身だ。……お前の笑顔こそが、私にとっての力になる」
その低い声に、心の奥底が震える。
これまで「守られる存在」だと思っていたけれど、彼にとっては共に歩む存在なのだと、改めて知った。
「私も……あなたを支えたい。あなたの隣にいると決めたのだから」
そう言うと、彼はわずかに微笑み、彼女の額に唇を落とした。
その日の午後。
セリーヌは新しいキャンバスに向かい、筆を取った。
描き始めたのは――レオンハルトの姿。
彼が自分を見つめる真っ直ぐな瞳、その力強さと優しさを一枚に込めた。
完成した絵を見せると、レオンハルトはしばし黙って見つめ、やがて低く囁いた。
「……これが、お前の目に映る私なのか」
「はい。強くて、でも……とても優しいあなたです」
その言葉に、彼は静かに頷き、彼女の手を取った。
「この絵を、私の宝にしよう」
二人は手を重ね合い、花々の香りに包まれながら、穏やかな時間を過ごした。
――それは確かに、「愛の証」と呼ぶにふさわしい贈り物だった。




