第41話 失墜と、真実の言葉
夜明けとともに、王城の謁見の間には厳かな空気が満ちていた。高い天井にかかる大きなシャンデリアの下、国王と王妃、そして王太子夫妻が玉座に座している。そこに、レオンハルトとセリーヌが揃って姿を現した。
「グレイヴ公爵、そしてその夫人。此度の件、詳しく報告を」
国王の低く響く声に、謁見の間にいた廷臣たちが一斉に息を呑む。
レオンハルトは一歩前に進み、凛とした声で口を開いた。
「はい、陛下。ヴァロア侯爵家令息エドモンは、革命派の残党と通じ、反逆の計画を進めておりました。その一環として、妻セリーヌを誘拐し、人質として利用しようと企んでいたのです」
ざわり、と廷臣たちの間に緊張が走る。セリーヌは傍らで姿勢を正し、必死に心を落ち着けていた。
レオンハルトは用意してきた証拠の文書を侍従に渡し、王太子の前に差し出した。そこにはエドモンが革命派に資金を流し、密会を重ねていた記録や証言が綴られている。
「……確かに」
王太子は目を細め、文書を読みながら重々しく頷いた。
国王もまた厳しい面持ちで口を開く。
「王家に刃を向けるとは、許し難い。グレイヴ公爵よ、よくぞ事を明るみに出してくれた」
「身に余るお言葉でございます。しかし、これは私一人の功績ではありません。妻セリーヌもまた、勇気をもって耐え抜いてくれたからこそ、真実を暴くことができました」
そう言ってレオンハルトは隣のセリーヌに視線を送り、その目に感謝の色を宿した。
国王は静かに頷くと、側近に命じた。
「ヴァロア侯爵夫妻を召し出せ」
やがて、蒼白な顔をしたヴァロア侯爵夫妻と、鎖に繋がれたエドモンが護衛に連れられて現れる。謁見の間の空気は一層冷たく張り詰めた。
「ヴァロア侯爵家は数代にわたり王家を支えてきた。しかし、近年は驕りと怠惰に沈み、ついには反逆を企てるまでに堕した。これ以上、爵位を保たせるわけにはいかぬ」
国王の言葉は重く、誰も逆らえなかった。
「よって――ヴァロア家の爵位を剥奪する。侯爵夫妻は北の辺境の町に移り、監視下で余生を送れ」
侯爵夫妻は声を上げることなく、ただ崩れ落ちるようにその場に跪いた。
そして、視線はエドモンへと向けられる。
「エドモン・ド・ヴァロア。お前は国家反逆の罪により、牢へ幽閉する」
エドモンは顔を歪め、なおも叫んだ。
「なぜだ! グレイヴが権力を独占し、王家を操ろうとしているのをなぜ見抜けぬ! 我こそが正義だ!」
だが、その叫びは誰の胸にも響かなかった。
国王が冷ややかに言い放つ。
「正義を騙る者ほど、最も卑しい。――連れて行きなさい」
騎士たちに引きずられるエドモンの姿を、カトリーヌは涙に濡れた瞳で見つめていた。
彼女自身には罪はなかった。だが、兄を止めきれなかった責任を背負うかのように、自ら修道院へ籠もる道を選んだのである。
こうして、栄華を誇ったヴァロア侯爵家は、一夜にして没落の運命を辿った。
謁見が終わり、玉座の間を出たところで、セリーヌはようやく大きく息を吐いた。
重苦しい緊張から解き放たれ、足元が少しふらつく。
「大丈夫か?」
隣のレオンハルトがすぐに支え、その腕に自然と力がこもる。
「……はい。公爵様がいてくださったから」
セリーヌは小さな笑みを浮かべた。
レオンハルトは、しばらく言葉を選ぶように沈黙した。
やがて、低くかすれた声で口を開く。
「……お前に言っていなかったことがある。」
セリーヌは首を傾げる。
「私はずっと、結婚を避けてきた。理由は単純だ。若い頃から……いや、十代の頃からだ。家の名と立場を狙って近づく者ばかりでな。中には、私に薬を盛ろうとする女までいた。」
その声には、怒りよりも深い疲労の影が滲んでいた。
「誰も信用できなかった。女は皆、私の顔や地位に群がるだけだと……そう思っていた。だから、妻など必要ないと、心から信じていたんだ。」
セリーヌの胸が痛む。
無愛想で距離を置いていた彼の態度の裏に、そんな過去があったのかと気づいたからだ。
レオンハルトは目を伏せ、わずかに苦笑した。
「……だからこそ、セリーヌ。お前を選んだ時も、正直に言えば、期待などしていなかった。ただ、家のために必要だから迎えただけだと……そう思い込んでいた。」
セリーヌは胸の奥に熱いものを感じながら、彼の言葉を黙って聞いていた。
その顔を見つめながら、レオンハルトは深く息を吸った。
――今こそ、言わねばならない。
「セリーヌ」
「はい……?」
「私はこれまで、感情を押し殺し、冷徹であることが正しいと信じてきた。だが、君が傍にいてくれて……それがどれほど温かく、力を与えてくれるものかを知った」
セリーヌの胸が大きく波打つ。彼の瞳は真剣で、そこに迷いはない。
「私は……君を愛している。妻としてではなく、一人の女性として。これからは偽りではなく、真実の夫婦として共に歩んでほしい」
涙が頬を伝うのを、セリーヌは止められなかった。
ずっと心の奥にあった不安が、今この瞬間に溶けていく。
「……私も、公爵様をお慕いしています。初めは義務だと思っていました。でも今は、心から――」
言葉は最後まで続かなかった。レオンハルトが彼女を抱き寄せ、その額にそっと口づけを落としたからだ。
二人を包むのは、ようやく訪れた安堵と、確かな愛の温もりだった。
ヴァロア家の失墜が、二人を引き裂くための陰謀だったのなら――その結末は、皮肉にも彼らをより強く結びつけるものとなったのである。




