第39話 突入
冷たい朝靄の中、ヴァロア侯爵家の壮麗な屋敷が静かに佇んでいた。
しかしその周囲は、すでに王室騎士団の武装した兵たちによって取り囲まれている。
先頭に立つレオンハルトの眼差しは鋭く、凍りつくような威圧を放つ。
隣に立つ騎士団長が、低く問うた。
「……公爵様、どうなさるおつもりで?」
「正面から告げる。」
レオンハルトは馬を進め、重厚な門の前で止まる。
そして深く息を吸い、声を張り上げた。
「――ヴァロア侯爵家! グレイヴ公爵家当主レオンハルト、ならびに王室騎士団の名において告げる!」
屋敷の奥から使用人たちが慌ただしく駆け回る気配。
門の上に姿を現したのは、ヴァロアの家臣長だった。顔には怯えと苛立ちが混じっている。
「……これは、いったいどういうことですかな、公爵殿!」
「答えるのはお前ではない。エドモン・ヴァロアを呼べ!」
鋭い声に、門の内側はざわめいた。
やがて、ゆったりとした足取りでエドモンが現れる。豪奢な衣服をまとい、だがその眼差しは挑発的に光っていた。
「これはこれは……随分と物々しいお出ましだな、公爵殿。」
「とぼけるな。セリーヌをどこへやった。」
「セリーヌ……? ああ、公爵夫人のことか。」
エドモンはくつくつと笑う。
その余裕が、レオンハルトの胸の奥に怒りを燃え上がらせた。
「証拠は揃っている。お前が革命派と通じ、反逆の罪を重ねてきたこともな。セリーヌを人質にしたことも、すべてだ。」
「……証拠、だと?」
一瞬、エドモンの目が細められる。
しかしすぐに笑みを取り戻し、両手を広げた。
「なるほど。だが証拠など、いくらでも捏造できる。王家は果たしてどちらを信じるかな?」
「この場で抵抗するなら――剣で答えを出すまでだ。」
レオンハルトの冷徹な声に、騎士団の兵が一斉に剣を抜いた。
鋼の音が朝の空気を震わせ、屋敷の者たちの悲鳴が漏れる。
エドモンは歯噛みしたが、なおも強がりを崩さない。
「……よかろう。だが中に入れると思うな、公爵殿。ここはヴァロアの屋敷だ!」
その叫びと同時に、屋敷の門が閉ざされ、弓兵が城壁に並ぶ。矢の先が騎士団に向けられ、緊迫した沈黙が張り詰めた。
セリーヌとカトリーヌは縄で縛られたまま、遠くの騒ぎに耳を澄ませていた。
金属音、怒号……そして聞き覚えのある声。
「……今の声……!」
セリーヌの心臓が跳ねる。確かに聞こえた。――レオンハルトの声。
カトリーヌも顔を上げる。
「来てくださった……! 本当に……!」
「……公爵様……」
頬を熱いものが伝う。セリーヌは涙をこぼしながら、ただその名を呼んだ。
胸の奥の虚しさも不安も、すべてその一声で打ち砕かれたように。
外では、緊張がついに破られた。
エドモンが手を振り下ろすと、弓兵たちが矢を放った。
一斉に空を裂く矢雨。しかし騎士団は盾を構え、ほとんどを弾き返す。
「――突入せよ!」
レオンハルトの命令が響き、騎士たちが門へ殺到する。
巨大な衝角が押し出され、重い扉が軋みを上げる。
エドモンは顔を歪め、後退した。
「……チッ、公爵風情が!」
だがその背に、冷たい視線が突き刺さる。
門の前に立つレオンハルトの眼差し――獲物を逃がさぬ猛禽のそれ。
「エドモン……お前を必ず、地に引きずり落とす。」
セリーヌの部屋の前にも、足音が迫っていた。
重い扉の向こうで、鉄を叩く音。
セリーヌとカトリーヌは息を呑み、互いの手を強く握り合う。
「……来る……!」
カトリーヌの声が震える。
セリーヌはただ、心の中で叫んでいた。
――公爵様。どうか、どうか……!
そして、轟音と共に扉が弾け飛んだ。
舞い込む光の中、剣を構えたレオンハルトが立っていた。
「セリーヌ!」
彼の叫びに、セリーヌの胸は張り裂けそうになった。
涙があふれ、声にならない声をもらす。
「……っ!」
その瞬間、エドモンが後方から姿を現す。剣を抜き、狂気じみた笑みを浮かべた。
「公爵様、後ろっ…!」




