第11話 消えた形見
「奥様、どうかなさいましたか?」
心配そうに声をかけてきたのは、侍女のマルグリットだった。
セリーヌは動揺を隠せず、震える声で告げる。
「……指輪が、母の形見が……なくなったの」
マルグリットの顔色が変わる。
二人で部屋中を探し回った。寝具をめくり、窓辺のカーテンまで確かめた。
けれど、見つからない。
マルグリットは息を切らしながら首を振った。
「どこにも……ありません」
セリーヌは膝をつき、震える手で顔を覆った。
「どうして……どうしてなの」
二人で必死に探すものの、結局指輪は見つからなかった。セリーヌはぎゅっと唇を結ぶ。――誰かが、意図的に持ち去った。直感がそう告げていた。
その頃――。
廊下の陰で、その様子を覗き見ている彼女は唇の端を持ち上げ、薄く笑みを浮かべていた。
「ふふ……計画通り」
指輪は彼女の手によって隠されたのだ。
だが、それを知るのは侍女長ただ一人。
侍女長は怯えた目でリュシアンヌを見ていた。
リュシアンヌは冷ややかに囁いた。
「帳簿の件を黙っていてほしいなら、従うことね。あなたが横領していた証拠、私はもう握っているのよ」
侍女長は顔を歪め、唇を噛んだ。逆らえない。
こうして彼女もまた、少女の悪意に巻き込まれていった。
翌朝。
屋敷のあちこちで、ひそひそと声が飛び交い始めた。
「奥様の大切な指輪がなくなったらしい」
「でも、盗みならもっと金目のものが狙われるはずじゃない?」
「ひょっとして……自分でなくしたのを騒いでるだけじゃない?」
噂は瞬く間に広がり、心ない言葉となってセリーヌの耳にも届いた。
さらに――。
「奥様の侍女、怪しいと思わない?」
「新しく入ったばかりだしね」
マルグリットにまで疑いの目が向けられた。
「私は……絶対に盗んでいません!」
その日の昼、マルグリットは涙に濡れた瞳でセリーヌに訴えた。
震える声が痛々しかった。
疑われている苦しみと、奥様を悲しませてしまった悔しさが混ざっているのだろう。
セリーヌは彼女の手をぎゅっと握りしめた。
「信じているわ、マルグリット。あなたがそんなことをするはずない」
マルグリットの目から涙が零れた。
「奥様……」
セリーヌは微笑もうとしたが、唇が震え、笑顔にならなかった。
それでも必死に涙をこらえ、ただ強く手を握り返した。
母を失った時の孤独を思い出したからだ。
今度は、自分が誰かを守る番だと感じた。
廊下で、その光景をじっと見ている男がいた。
レオンハルトだった。
足を止め、黙って二人の姿を見つめている。
妻の切実な表情。侍女の必死の涙。
それは彼の胸に、妙なざわめきを呼び起こした。
「……指輪?」
低く呟く。
――妻の心を揺さぶるほどの、大切なもの。
彼女の過去、その痛みに関わるもの。
レオンハルトは無意識のうちに拳を握りしめていた。
初めて、セリーヌの「心の奥」に目を向けてしまった自分に気づき、驚きながら。




