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第10話 帳簿の偽り


 帳簿の数字は、何度見返してもおかしかった。


 セリーヌは机に広げた帳簿に眉をひそめる。

「どうして……。計算が合わない」


 収入と支出の差が、数十枚の金貨分もずれている。

 見間違いかと思い、何度も計算し直したが、やはり数字は一致しなかった。


 背筋に冷たいものが走る。

 ただの計算間違いではない。――誰かが、意図的に数字を操作している。


「奥様」

 声をかけたのは執事クラウスだった。いつの間にか静かに部屋へ入ってきていた。

「ご覧になりましたか」


「ええ……。これは……誰かが横領を?」


 彼は静かに頷いた。

「おそらく。長年の記録を見比べれば、不自然な改ざんがいくつも見つかるでしょう」


 セリーヌの胸が締めつけられる。

 伯爵家でも困窮の中、必死に切り詰めてきた。だからこそ、金銭をごまかす者の存在が信じられなかった。


「誰が……?」


「断定はできません。しかし、帳簿を直接扱えるのは侍女長のエレオノール殿だけです」


 セリーヌは息をのんだ。

 侍女長――年配で、長らく公爵家を取り仕切ってきた女性。威厳があり、使用人たちからの信頼も厚い。

 そんな人物が不正を働いているというのか。


「……にわかには信じがたいけれど」


 けれども、数字はごまかせない。冷酷な真実がそこにある。


 セリーヌは机に両手を置き、決意を込めて言った。

「クラウス。しっかり調べましょう。真実を明らかにしなければ」


 執事は深く頭を下げた。

「承知しました。奥様の御心に敬服いたします」


 その夜。

 セリーヌは自室に戻り、机の上の小箱を手にした。

 母の形見である銀の指輪を、そこに大切にしまってある。


 亡き母が最後に笑って渡してくれた、小さな宝物。

 貧しい装飾品でも、セリーヌにとっては何よりも価値あるものだった。


 小箱を開け、確かに指輪がそこにあることを確認し――微笑んで閉じた。


「……お母様。私は大丈夫。きっと、ここでもやっていけるわ」


 静かに囁き、灯りを落として眠りについた。


 

 朝食を食べ終え、部屋に戻ったセリーヌは小箱を見て、思わず息をのんだ。


 そこにあるはずの指輪が――消えていた。


「……えっ」


 何度も何度も小箱をひっくり返す。机の下も、床も、衣装箪笥の中も探した。

 だが、どこにもない。


 セリーヌの顔から血の気が引いていく。

「そんな……ありえない……」


 胸が震えた。

 あの指輪だけは、何があっても手放さないと誓っていた。

 母と繋がる唯一の形見。それが、忽然と消えたのだ。


 廊下の陰から、それを見ていた影があった。


 嫉妬と執念の笑みを浮かべ、つぶやく。


「ふふ……。これで公爵様も、あなたの正体に気づくわ」


 彼女の目には、燃えるような執念が宿っていた。

 セリーヌを嵌めるために。――そして、公爵レオンハルトの心を独占するために。


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