22 私から
「いいことを思いついたわ。フォルクハルトさん」
「え……っと、どんなことかな」
言いながら彼の元へと向かって手を取って引いた。
……だからいいのよ。誰でもアンネリーゼのようにすべてを口にできるほどきれいな感情を持って生きているわけではない。
相手のことを想って言いたくないと思う時もあるのではないの?
カリーナだってそういう噂があるという情報は私に言うべきだと思ったかもしれないけれど、言わなかった。いいたくなかったのね。
それがもっと自分にとって深刻な話だったなら、したくない話だってあるものだわ。
それを私は拒絶されたからと言って、怒り出したりしたくない。
少し寂しくて心が痛いのは、もっと何でも話せる関係性のはずなのに、もっと仲が良いはずだったのにという、レベッカの期待を裏切られたような気持ちからくるだけの痛みだ。
子供っぽい痛みだ。
彼の歳となればこれまでたくさんの経験をしてきて、レベッカに言えないようなことだってあるのは当たり前なのに、全部を知りたいし知ることが出来ると思っていた。
それは悪いことではないけれど、それを強要するのは少し子供っぽいだろう。
「ふふっ、ついてきて」
「わかった」
すべてを言わないレベッカにフォルクハルトは困惑した様子だったけれども、納得して手をつないだままともに応接室を出た。
それからレベッカは私室にフォルクハルトを案内して、部屋の一等地を陣取っているガラス扉のキャビネットの前で止まる。
「これはね、少し恥ずかしいけれど私の趣味みたいなものよ。ティーカップを入れる用のものだけれど可愛いでしょう?」
本来であれば高級で美しいティーカップを並べて保存して置いておくための棚だ。
そして気分によって使ったり使わなかったり、貴族女性としてとてもふさわしい趣味の為に使われるのだが、中には木彫りでできた珍妙な動物たちが鎮座している。
動物だけでなく、伝説上の妖精や、よくわからない植物なんかも並んでいるその様は雑多で、けれどもレベッカはこれを見るととても癒されるし、長年ちまちまと買いためているコレクションだ。
これは本当の本当にレベッカのプライベートな趣味である。
「ちょっと形が悪い物もあるけれど、それはそれでほら、味があるともいうと思うのよ。下町に内緒でおりては、平民から買っていたわ。彼らにはこういうふうに見えていて、それを好きなのだと思うととても愛おしくて」
「……そう、なんだ。たしかに、可愛いけど」
「でしょう? 洗練されていて高級で、誰もがうっとりするティーカップも好きよ。でもね、煩雑で荒い所があったって、手ずから作って可愛がりたいって気持ちがなんの作法もなくダイレクトの伝わる物もとても価値があると思う」
扉を開けて、一つ手に取る。子猫が団子のようになって戯れている様子はとてもフワフワしていそうで、愛おしくなって親指で少し撫でた。
「もしどこかで見つけたら、私に教えて欲しいわ。まだまだたくさん欲しいもの」
「ウン、もちろん。でも……どうして今、それを教えてくれようと思ったのか、わからなくて」
「混乱している?」
「そうだね」
レベッカの様子を窺って素直に頷くフォルクハルトに、レベッカは少しそばによってフォルクハルトを見上げて笑みを浮かべた。
「だって、たしかに少し突き放されたように感じて、遠く感じて悲しかったのも事実よ、心のどこかで話せないことなどないほどの……その、近い関係になれると思っていたから」
「……」
レベッカの言葉を聞いて、またごめんと謝罪をしてきそうなほど思いつめているような顔をしたフォルクハルトに、レベッカはすぐに付け加えて言った。
「でもね、フォルクハルトさん、きちんと伝えたいと思っていることはわかっているわ。どういう事情があるにしろ、簡単ではないことで踏み込まれたくないことで、でも私を尊重しようという気持ちはあるのでしょう」
「もちろん、誓って」
「それなのに突き放すのは、一線を引くのは、あなたも寂しいし不安でしょう。だから私から」
レベッカはつないだ手を意識するようにそっと握ってそれから、立ったまま少し彼の肩に寄りかかった。
「私から、すこし知られたら恥ずかしいことでもあなたに話をして距離を詰めてその不安を埋められたらいいなって、話せないようなこともたまにはあるけれど、それでも寄り添っていける関係になりたいのよ」
彼は傍から見ていると、兄と比べてついついガタイがいい方ではないと思ってしまう。
けれども寄りかかってみるとレベッカがそうしたぐらいではまったく揺らぎそうもなく感じて、やっぱり大人の男性だなとレベッカは当たり前のことを思った。
「……レベッカさんはとても若い令嬢だとは思えないようなことを……言う時があるね」
「大人びているという意味なら嬉しいわ。そういうふうに見えるように背伸びをしているもの」
「その返しも、本当に……ジークにはすごい人を紹介してもらっちゃったな。俺にはもったいない」
その言葉を聞いてレベッカはアンネリーゼの「もったいないのです!」という言葉を思い出した。
しかし彼女はもったいないなどと言わなくていいようにめきめきと努力をするつもりだと言っていた。
底抜けのポジティブさにレベッカは面食らったけれど衝撃的で印象に残っている、彼はどう続けるのかと視線をあげて窺った。
「もったいない、ぐらいなのにとてもあなたのそばが居心地がよくて、好きだと思う。レベッカさん」
「……はい」
「大人なのに情けない言葉を言ってごめん。ただ彼らと俺自身の事を話すのはもう少しいい所を見せてからにしたいんだ。許して、ほしい」
「ええ、もちろん」
それがどういう意味を持つのか、多くを知ってもフォルクハルトのことをレベッカはあまり嫌ったりしそうもないのだが、どうしても彼が出来ないと思うのならそれでいいだろう。
「ありがとう。ところでこれは……なんのモチーフなんだろう」
それから話を切り替えて、レベッカのコレクションへと興味を向ける。
その言葉にレベッカはさらに嬉しくなって、レベッカの好きなものをたくさん知ってもらおうと言葉を尽くしたのだった。




