神獣襲撃 捜索・合流・衝撃
息を切らせて駆ける戦場には、大量の肉塊の柱と赤みを帯びた大地が一面に広がっていた。どこを見渡しても、赤い肉が視界に入り、足元はブヨブヨと脂肪のような油で滑り、空から血の雨が降りあまつさえ人を押しつぶしてしまうほど巨大な肉塊が降り注ぐまさにこの世の地獄のような光景が王城ノヴァ・グローリアの敷地には広がっていた。
そして、今、ひとりの青年が足を止めて見つめる先には、巨大な肉塊の柱が空へと聳え立っていた。
三十メートルはある肉の柱には、至るところに穴が開いておりそこから大量の液状の肉と汁を輩出しては周囲の大地を赤く侵食していた。それはまるで肉の泉であった。湧き出る肉で大地を脂肪と赤身の海に染め続けていた。
青年は溢れ出る肉の柱を横目に再び駆け出し、近くでそれを呆然と眺めていた同じホーテン家の部隊を見つけると彼らに声を掛けていた。
「すみません!そこのあなた達です」
「止まれ、誰だお前は?」
肉の柱から目をその青年に向けた兵士たちが、武器に手を掛けて走って来た彼を止めた。
「ブレイド部隊所属のアストルというもので、怪しい者じゃありません」
アストルが正体を明かすと彼らはすぐに剣の柄から手を離した。
「我々はインフェル部隊に所属している者だ。今回のゾーン家襲撃作戦に参加していた。ブレイド部隊も待機命令が出されていたはずだが?」
彼の質問に答える前にアストルは彼等の意見の一切を無視して尋ねた。
「それよりも暗月の部隊がどこで待機していたのか皆さんはご存知じゃないでしょうか?」
ホーテン家屈指の魔導部隊暗月にはアストルの恋人でもあるアリス・パルフェがいた。アストルは状況が変わった今、単独で彼女の元に駆け付けている最中だった。
もちろん、アストルもここにはゾーン家襲撃の件で事前にブレイド部隊の一員として待機組として参加していた。しかし、それも肉の柱がゾーン家邸宅の屋敷にそびえたち、街中に緊急事態を伝える警鐘が鳴り響くまではの話だった。
アストルはブレイド部隊を抜け出し、アリスがいる暗月部隊を探していた。
「こっちの道を真っすぐ行けば彼女たちの持ち場がある」
彼等はアストルに懇切丁寧に彼女たちの居場所を教えてくれた。どうやら彼らは部隊と部隊の橋渡しのような連絡係で彼女たちの居場所を知っていた。作戦時に暗月部隊は結界を張る役目があったらしく、強襲部隊であるブレイドと違い、目標であった砦のような屋敷の『イカムド』からは少し離れた場所に陣取っているようだった。ただそれはアストルたちが待機していた場所からそう遠くない場所のようで、教えられた通り走っていけば十分も掛からないとのことだった。
アストルは彼等に礼を言うと、走り出した。
走っている途中、肉の柱周辺に大きな変化があった。肉の柱の南側から、多種多様で大量の攻撃魔法が、放出されていた。そこは先ほどアストルがインフェル部隊の兵士に教えられた暗月部隊がいると思われる城壁沿い近くの場所でもあった。
アストルが目的の場所に辿り着くと、そこには三十人程度の魔導士たちが肉の柱に向かって魔法を放っている姿があった。
炎に水に風に土、雷に氷に、光から無属性まで、各々が自身の最大ともいえる火力で肉の柱を魔法で叩き折ってやろうとしていた。
そんな中、アストルは暗月部隊を縫うように駆けて、アリスのことを探していた。すると魔法を放つ魔導士たちの後方に、彼女の姿はあった。白魔法が得意なアリスが後方支援としていることが多いことは知っていた。彼女たちは部隊の生命線であるため、もっとも安全な場所にいることが多い。ブレイド部隊のように白魔法の使い手でも前に出て行くような狂った部隊を除けば、白魔法を扱える者が部隊内でどの位置にいるかなど予測するのは簡単だった。
「アリス…」
息を切らせてようやく彼女の前に辿り着いたアストル。すると、深刻そうな顔をしていたアリスの表情にパッと花が咲いたかのように明るさが舞い込む。
「アストル、どうして、ここに!?」
「君のことが心配になって駆け付けたんだ…」
「嬉しい、ありがとう、だけど持ち場を離れて平気なの?」
「それが俺がいた部隊のみんなが勝手にバラバラに行動し始めちゃって…」
「それは、いつものことね」
ブレイド部隊は隊長が不在だと指揮系統が悲惨なことになるため、こういうことがよく起こるとても残念な部隊でもあった。ただし、ひとりひとりの戦闘能力は高く、個人で成果を上げるものなどが多いのが、彼等のダメな部分を加速させる点でもあった。そのため、ブレイド部隊の扱いは非常に難しく、他の部隊は援護する形を取るのが一番効率的でもあり、あるいは作戦の障害になるのなら初めから連れてこないか、キングスやルナなど彼らを黙って命令に従わせるほどの力を持った者がいない限りは、彼等を作戦に取り込むことはしない方がことがスムーズに進むこともあった。
「それより、今の状況ってどうなってるの?この壁の外から聞こえて来る鐘の音は何なのかな?」
そう尋ねると、アリスが再び深刻そうな顔でアストルに言った。
「落ち着いて聞いて、今、とっても大変なことになってるみたいなの、詳しくは私も分からないのだけど、どうやらこの王都の近くに神獣が出たみたいなの」
「神獣…」
「うん、それでいま私たちのボスのミリアム隊長が、状況確認のために街の方に出ていったの」
「そっか、それじゃあ、アリスたちは隊長が状況を確認してくるまで、ここであの肉の柱を壊そうってわけだ」
「あの肉の柱も何なのか分からないんだけど、多分、なんらかの魔法なんだけど、こんなの見たことなくて…とりあえず攻撃してみようってことで、みんなで攻撃してるんだけどねえ…」
肉の柱に放たれる魔法攻撃はどれも鳴かず飛ばずでどれも効果があるようには見えなかった。まるで沼の水面に石を投げつけているようなそんな無駄なことのようにすら思える光景が続いていた。まさに魔力の無駄使いのようで、魔導士たちの体力切れの方が早いようにうかがえた。
その間、肉の柱は際限なく大量の液状の肉を排出し、それを取り込んでどんどん成長し続けていた。
しばらく、アストルはアリスの傍で肉柱に遠距離攻撃を続ける暗月の魔導士たちを眺めていた。どの魔法も高威力で人間に当たれば即死は免れない危険な魔法ばかりであった。まさに魔法の研鑽を積んで来たプロの魔法で、アストルがその魔法の高みに上ることは騎士としてないと思うくらい彼女たちがどれくらい魔法について探究しているのかが見て取れた。
それでもやはりアストルの予見した通り、肉柱が肉を吐き出す量の方が魔導士たちの攻撃魔法うよりも圧倒的に多いため、破壊が再生に追いつかず、魔法を放っていた魔導士たちにも魔力切れする者が現れると、次第に多種多様な遠距離攻撃は止んでいた。
「ダメだったみたいだね」
「みんな魔力切れね、治療してくるからアストルはここにいて」
「俺も行くよ」
アストルはアリスに付き添う形で魔力切れで倒れた者たちを安全な場所に運んだ。アストルが運んだ患者たちをアリスが治療を始めていた。
その間にも肉柱が大量のヘドロのような赤い肉を吐き出す勢いが衰えることはなかった。
アリスが魔力切れの患者たちを診ている間、アストルが肉の柱を監視している時だった。
「おーい、アストル!」
「ジュニアス!」
アストルの前にふんわりした黒髪をなびかせる金色の瞳の青年が息を切らして走って来ていた。
「無事だったか、良かった俺の班の連中みんなあの肉の柱に突撃していったからよ、俺はお前と合流しようと思ってな」
別の班で待機中であったジュニアスもまたブレイド部隊の狂人たちの気まぐれの犠牲者となっているようだった。
「あら、ジュニアスも来たのね」
「アリス様もご無事なようで、やっぱり、アストルがいる場所はここしかないと思ったんだよ」
そんな彼にアストルは「当たり前だよ」と平然と答えた。
「それにしても酷い状況だな」
「そうだね」
ジュニアスとアストルの前には辺り一面、肉塊と血池が広がっていく光景を目の当たりにしていた。肉柱から放出された肉の塊がこっちまで飛んでくるものもあれば、雲の上の空から巨大な腸のような肉の塊が落ちて来ることもあった。
さらには街中で鳴り響く警鐘が耳ざわりで、頭がおかしくなってしまいそうだった。
ジュニアスが酷い光景を見つめながら、アストルに語り掛けた。
「最悪、俺とアリス様の二人だけは逃がそうと思ってる」
「え、どうしたの、急に?」
「アストル、よく聞いておけ、俺はブレイド部隊所属ではあるが、パルフェ家に使えてる騎士でもある。有事の際はパルフェ家の次期当主でもあるアリス様を護衛するのが役目だ。それはホーテン家のルナ様からも直々に許可をもらってる」
そうアリス・パルフェ家はレイド王国の三大貴族の一人娘であり、ホーテン家というレイドの裏部隊の暗月に所属する白魔導士でもあった。その複雑な立場からアリスは部隊内でも他の者たちとは違い、保護される対象でもあった。ホーテン家に多大な出資で貢献しているパルフェ家がホーテン家と友好な関係を築いているのは明白であり、アリスという存在がさらにホーテン家に預けられていることが、より信頼関係の厚さを証明していた。
「そこにアストル、お前が含まれているのも考えれば分かるだろ?」
「どういうこと?」
「お前はアリス様の婿になるんだろ?」
雲の掛った街に肉の雨が降り注ぐ。アストルはジュニアスが言った言葉の意味をしっかりと理解していた。だからこそ、アストルはそのジュニアスの意見を受け入れることができなかった。
「ジュニアスは、アリスを守ることだけを考えてくれればいいよ」
「いや、アストル、お前は自分の重要性が分かってない、お前はゆくゆくはパルフェ家を背負うことになるんだぞ?」
「だからだよ」
アストルはすぐに言い返した。
「俺には何もない。地位も名誉も功績も戦果も、ただのレイド王国のひとりの見習い騎士だ。そんな人間がただの幼馴染というだけで三大貴族の御令嬢と結ばれるとは、俺自身全く思ってない」
少しはなれた場所で魔導士たちを白魔法で治療するアリスの姿を一瞥した。
「俺はもっと強くなりたい、もっと強くなって、アリス隣に立っていても見劣りしない立派な騎士になりたいんだ」
三大貴族であるアリス・パルフェと肩を並べられるくらい地位の高い騎士になれるかなどアストルには分からなかった。ただ、だからこそそこを目指してできることをやるしかなかった。最高の騎士になるために、アストルはその手で振るった剣で道を切り開くしかなかった。
「だから、俺は最後まで戦場に残るよ、何だったら、ジュニアスがアリスを連れて逃げるって約束してよね」
アストルは照れくさそうに笑っていた。
「たく、そんなことできるかよ…それこそ、俺はアリス様に殺される…」
ジュニアスがレイド王国の新兵として、アストルと一緒の部隊に配属されたのも、アリスから命令されてのことだった。ジュニアスは新兵どころか熟練の騎士ではあったが、アストルの新兵訓練期間中、ずっと彼の監視をしていた。友人として近づき常に、アストルに不遜な輩が近づかないか、あるいは彼の身に危険がおよばないか、ずっと傍で見守っていた。それもすべてはアリス様の未来の夫となると言い聞かされていたため、厳重警戒をしていた。
しかし、アストルのどこか人とは違う、すぐに飛び出す性格から何度ハラハラしたことかジュニアスの苦労が絶えなかったことに違いはなかった。
「アストル、お前はまだ俺の指示に黙ってしたがっておけ、俺よりもまだこの裏部隊で、ずっと下っ端の見習いへぼへぼ騎士なんだからよ」
ジュニアスがアストルの頭をクシャクシャと撫でまわして兄貴面をする。
「ちょっとやめてよ」
アストルが困ったように笑っていると、後ろから殺気がした。
「あら、ジュニアス、ずいぶんと私のアストルと仲良くしてるのね」
「…あっ」
アリスが腰に手を当てて堂々とジュニアスの後ろに立っていた。ジュニアスの額から嫌な汗が流れる。
「アリス様、魔導士たちの治療の方は?」
頑張って笑みを作って彼女の御機嫌をとるようにジュニアスが尋ねた。
「そんなのとっくに終わったわよ、ただの魔力切れの治療なんてすぐだわ。それよりも、第二波の攻撃を始めるみたいだから、アストル、危ないから一緒に後ろで見ていましょう」
「え?ああ、うん、わかった」
アリスがアストルの腕を組むと自分のものだというように引っ張っていった。その際にアリスが言った。
「ジュニアス、魔力切れの治療は今度はあなたがやっておいて、私は重症患者が出た時のために力を温存しておくから」
「あ、はーい」
ジュニアスもいくつかの回復魔法が使え、さらに白魔法まで使えることができた。アストルの護衛を任せられたのも、この白魔法という強力な回復魔法があったからだった。
ジュニアスが後ろに下がっていく二人を見届ける。
「まったく、アリス様は本当に、アストルに目が無いんだから困るぜ…ていうか、アストルも別に騎士になんなくても絶対、無理やりにでも婿にされるんだろうけどな…ハハッ、大変そうだな」
ジュニアスが、アストルの未来を想像すると、あの奔放なお嬢様を相手にするのかと思うと苦笑いをした。しかし、あのなんでも許容してしまうアストルなら、アリス・パルフェという女性とも上手くやって行けるのかもしれないとも思った。
再び視線を肉の柱に向けた。
「魔法は効いてないように見えたが、やらないわけにもいかないよな」
ドロドロとした赤い泥を吐き出す肉の柱。生き物の脂肪や腸や肝臓などの臓物が入り混じった赤い川が広がる。
そして、魔導士たちによる第二波の遠距離魔法攻撃が始まろうとしていた。
衝撃が走る。
それは空からの一撃だった。
突然の出来事に暗月の魔導士並びにジュニアスは何が起こったか理解できなかった。
まるで近くに隕石が降って来たかのような衝撃波がジュニアスたちの元まで届くと地面に踏ん張っているのがやっとで、地面を抉った石礫などがジュニアスを襲った。
衝撃が止むとジュニアスはすぐに自身に白魔法を掛けて、石礫の傷を塞いだ。
「クソッ、なんだ、何が起きた?みんな無事か?」
ジュニアス周りの魔導士たちは各々、その衝撃波に対して防御魔法を張っており、問題はないようだった。
新たな状況の変化に、戸惑っているのも束の間だった。
着弾点のクレーターの中央に倒れている人間の姿をジュニアスは発見した。
「なんだ、黒い鎧?」
そこには黒い鎧を全身に身に纏った騎士がひとり倒れていた。しかし、その倒れている騎士が着ていた鎧はどこか生き物のように装甲の表面が脈打っており血が通っているように見えた。
ジュニアスにはその黒い鎧の騎士に見覚えがあった。
紅い双眸。
脈打つ黒装。
血を吸う黒剣。
破滅の元凶。
「黒騎士オスカー!?」
立ち上がった黒騎士の兜の奥の瞳に赤い炎が宿る。




