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作戦決行

 レイド王国、王都スタルシア、その王都の壁に囲まれた中央に位置する城は、王城ノヴァ・グローリア。その城の城壁内にある広大な敷地内でいままさに紛争が起きようとしていた。

 日もまだ高く昇らない午前の空。ザイード卿たちが目的の屋敷の敷地内に馬を走らせている時、その空にはみるみるうちに透明な結界が構築されていく。


「構わず、進め、あれはミリアムたちの結界だ」


 ザイード卿が後ろに続く二十名足らずの兵士たちに告げた。


 この作戦で起こるすべての事象を唯一把握しているのは、ザイード卿ただひとりだった。

 内部にも密偵がいることを避けるため、情報の共有を最低限とし、ことに当たっていた。この問題はとても長い因縁であると同時にレイド王国に根付いてしまった悪の芽でもあった。取り除こうにも、根が奥深く張っており、地表に見えている葉や茎を切り落としたところで、根を叩かなければ終わりは決してなかった。

 しかし、その根が深くレイドの中枢機関によって守られていることはザイード卿からしたら煩わしさ以外の何者でもなかった。


『もっと、レイドは国内の人選を厳格にする必要があった。それも政治機関に関しては…そうじゃなければ王妃も死ぬことはなかった。ダリアスとキャミル王女も取り残されることもなかった』


 手を施す余地があった。思い返せばどこかで気づいてあげられたのかもしれない。そんな思いがザイード卿を支配する。


『奴がいなければ、奴さえいなければ…くそ、どうしてこうなった……』


 心の奥にすべての後悔を押しとどめて、白馬を走らせる。


 目的の屋敷が近づいて来ると、その屋敷を取り囲んでいた壁を迂回するように、白馬を走らせた。

 壁の向こうに立ち尽くす黒い建物の外装は、今に思えばどこか砦のように堅牢な造りになっている屋敷であった。まるで最初からここが攻め込まれることが分かっていたかのように。ザイード卿は日ごろからその外観を悪趣味だと思っていた。臆病者だと罵ることもあった。武骨で面白みのないその彼の建物は、絢爛豪華な王城ノヴァ・グローリア内の景観にそぐわないとも常に口にしていた。だが、しかし、もしも彼がいや、彼等が今日というこの日が来ることを予期していたというのなら、その堅牢に造られた屋敷にも意味はあった。


 四階建ての装飾など一切ないシンプルな造りのその屋敷の名は【イカムド】。黒レンガで固められた真っ黒な屋敷で、壁の四隅には見張り台の塔があり、その中央にある本館に二階の渡り廊下が伸び、四隅の塔と本館は建物内で繋がっている構造をしていた。


「よし、壁際にそって進め……!?」


 ザイード卿たちが『イカムド』を囲っていた壁のすぐ傍まで近づくと、突然、四隅の塔の鐘楼から強大な鐘の音が鳴り響いた。


 馬たちが突然の大きな音にわずかな動揺を見せ部隊の動きが止まる。兵士たちがどうにか馬を沈めている間、ザイード卿が告げる。


「ミリアムの結界に遮音してもらってる。この警鐘が外に漏れることはない、進むぞ!」


 ザイード卿たちが屋敷の正面玄関まで回る。

 激しい鐘の音がイカムドの屋敷からけたたましく鳴り響き続けている。


 正面玄関の手格子の扉の奥に佇む黒レンガの屋敷を見据える。


 屋敷の正面に罠がないことは事前に調査済みだった。それよりも、四隅の塔の周りには厳重に罠が張り巡らされていることをザイード卿は図面からも把握していた。王城ノヴァ・グローリアの城壁内に、建物を建設する際、王族側にその建物の設計図を提出する義務があった。それはこの屋敷が建設されたときも同じで、その設計図からザイード卿はこのイカムドがどのような防御体系で外部と隔たりを設けていたのかすべて知り尽くしていた。


 屋敷では四隅の塔の鐘楼がひとりでになり続けている。

 イカムドから少し離れたその四隅の塔はそれぞれ、食料庫、宝物庫、武器庫、資料庫と役割があったが、どうにもそれはうわべだけの情報で、その四隅の塔の役割はもっと別の用途が用意されている気がしてならなかった。


 この屋敷の何もかもが、嘘で塗り固められているに違いない。そう思うと、この屋敷の中にいる真犯人同様、この屋敷にある全てが偽物だったのかもしれない。ザイード卿にとって彼はもう、盟友でもなんでもないのだ。


「正面から突破する、者ども私に続け!!!」


 ザイード卿は自身と白馬に防御魔法を付与すると、屋敷の鉄格子の扉を魔法でぶち破り、そのまま進軍をした。


 屋敷前の形だけ立派で中身のない庭園の石畳の道を突き進んでいく。


 だが、そこでザイード卿たちが目指す、屋敷の扉から兵士たちが同じく二十名ほど、ぞろぞろと武器を持って庭園に出て来た。


「止まれ、たとえ三大貴族のザイード・シャーリー・ブレイド殿であったとしても、この横暴は見過ごせないぞ」


 屋敷を守る守衛の騎士たちが出て来る。

 力強い覇気のある顔の彼の名はマッシャー・ベイガ、槍遣いに長けているレイド王国の三大貴族の警護兵だった。


「全員馬から降りて戦闘態勢をとれ…抵抗してくるようなら構わず殺せ……」


 ザイード卿が馬から降りながら、後ろの白いローブの兵士たちにそっと伝令する。


 お互いに顔も名前も知っているのは当然、この屋敷にいる者たちのことはすべて、何もかも把握済みだった。


「マッシャー…」


 立ちはだかるとは分かっていたそれでもザイード卿は彼等に告げなければならなかった。


「聞け!我々の行く道を塞ぐということは、命を懸けることと同義だと知れ。他の者たちもそうだ。我々の邪魔をするなら、死を覚悟せよ!」


 ザイード卿が扉の出口に立つ騎士たちの前で堂々と怒鳴った。

 その気迫に何人かは怯んでいる様子だった。たじろぐ騎士たちにザイード卿は続けて告げる。


「だが、抵抗せずにそこから身を引くなら、命など取らん」


「ザイード卿、どうして…」


 護衛騎士たちの隊長であるマーシャルも困惑を隠せずにいた。そのことから彼らが無関係であることはザイード卿も知っていた。


「お前たちとの交戦を我々も望んでいない。我々が用があるのはその屋敷の中にいる主だけだ」


「しかし、ここであなたを通せば私は騎士道に反することになる」


 マッシャーが槍を無理やりにでも構える。すると彼に引っ張られるように他の騎士たちも武器を構えるしかなかった。


「頼むそこをどいてくれ、お前には帰る場所があるだろ?」


 彼は家族のことを考えているのだろう。しかし、その誘惑を振り払うように首を横に振った。


「だからこそ、私はここで戦わなければならないんです。それが私のここでの務め、家族の元に帰るのは使命を果たしてからだ!!」


 彼の覚悟は決まっているようだった。

 取りつく島もなくなると、時間を取るわけにもいかないザイード卿は諦めたようにため息をつき、呟いた。


「お前たち…」


 臨戦態勢の兵士たちの目から光が消え殺気立つ。

 その気にマッシャーたちの騎士たちも武器を構え始めた。

 お互いの殺気がぶつかり合う。

 後戻りできなくなった。


殺せ(やれ)


 しかし、迷いのない掛け声と共に激突した。

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