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協力関係

 ハルがどうしてザイード卿と協力し合う仲になったのか?

 事の経緯を細かく説明するのであれば、それは数週間前にハルがルナ、ギゼラと共にザイード卿のところに足を運んだことがきっかけだった。

 発端はレイド王国の王都スタルシアが神獣に襲撃された事件に関して調べていたこと、その事件は、ハルが王都に初めて訪れ騎士としてデビューするきっかけとなった事件ではあったのだが、その時の事件の流れは、ハルの活躍により襲撃してきた神獣たちが討伐され街に平和が訪れたというシナリオで幕を閉じた。

 しかし、よくよく考えてみると、この襲撃一体なぜ突然、神獣たちが群れを成して現れたのか?もっといえば、その神獣たちはかつて存在していたレイド王国の名前にもなった【神獣レイド】という獅子であった。

 絶滅していたと思われていた神獣が現代に蘇り、レイド王国の街を襲った。それは単なる人への復讐だったのか?あるいは誰かが意図的に王都を襲わせたのか?答えはハルの輝かしい活躍と共に深く追求されることはなかったが、ザイード卿の元でこの話をした結果。その裏で起こっていた真相の端くれを聞き出すことができたというわけであった。


 レイド王国の王族である【ハドー家】の命が何者かによって狙われていたということをザイード卿は最初に話をした。

 ハルたちも何となくそうなんじゃないかとたまたま嚙み合った憶測にすぎない情報ではあったが、王族の危機ともなるとその不安要素を追求せざるを得ないことが、ハルたちを前向きに行動させたとも言えた。


 もしも本当なら一刻を争うというやつだ。


 そして、その憶測を確かなものにしてくれたのはザイード卿だった。


 ジュリカ・ハドー・レイド王妃の暗殺。


 ザイード卿はその事件となる手がかりを探り出すのに長い年月を費やしていた。何しろ王妃の死因は不治の病で急逝したとしか国内でも処理することしかできないほど当時の情報は少なく、手掛かりも王妃の残された死体だけというありさまだった。


 王妃の遺体を処理したのもザイード卿たちによるレイドの裏部隊だった。彼女の遺体はホーテン家の暗月が死体を解剖、解析し、彼女の死が何かしらの魔法に起因したものよるものだと、ミリアム・ボーンズからザイード卿への通達があったのが王妃の死からおよそ一か月ほど経過した頃だった。

 暗月の隊長ミリアム・ボーンズが言うには、この肉を腐らせる病気にはかすかに魔力の痕跡があったと報告があった。かなり高度な魔術が組み込まれており、再現はとてもじゃないが、あの魔術の天才であるミリアム・ボーンズでも不可能であるということだった。


 そこからザイード卿は、必死にその魔術の痕跡を元に調査を続けたが、得られたものはなにひとつなかった。そのため、ザイード卿はもう一度彼女が死んだ時の周辺の情報を洗い出し整理することにした。彼は魔法の知識もあったが、それよりも自身の根気強い情報収集能力で事件に迫り直すことにした。

 王城内のありとあらゆることをザイード卿は調べ尽くした。最初は怪しい人物から、王族周りの使用人たちから、城に在籍していた騎士たち、訪れた他国の要人や、荷運びたちまで城に出入りしていた者たちまで含めてすべてリストアップして、情報をかき集めた。そして、王妃の行動をすべて記録していた資料も持ち出し、どこかに手がかりはないかと躍起になって当てのない証拠を探した。情報を集めそれを処理し続けたザイード卿は、その結果ある異変に気付くことができた。


 王妃が病気になる直前に、ひとりのダスマという料理人が宮廷料理人として、王城ノヴァ・グローリアで王家の料理を担当していることが発覚した。まさかと思いその日慌てて王城の宮廷料理人たちがいる食堂に兵士を差し向けると、すでにそのダスマという男は姿を眩ませていた。

 そこでザイード卿はそのダスマという男を追った。実体のある人間を追えるということはなによりも幸運だった。だが、彼の居場所を突き止めた時にはもう、ダスマという男は腐敗した肉の塊となって死んでいた。

 報告によると、彼は廃墟となった倉庫の中、椅子に座った状態で死んでいたという。そして、その彼の身体の臓物の中には一通の手紙が入っており、こう書かれていた。


『追うな、追えば殺す』


 その手紙を受け取ったザイード卿は原因究明に熱を入れることになった。


 臆することなど何一つなかった。それよりも遥かに確信をもつことができた。王妃はやはり殺されてしまったのだと。


 それから、ザイード卿は宮廷料理人を一度すべて解雇し、自身の信頼のおける料理人だけで固め、王族周りの衣食住に関わることすべて取り仕切ることになった。当時、王妃を失くし、そして塞ぎこんだキャミル王女のこともあり、王であるダリアスも途方に暮れており、ある種の無気力状態になっていたこともあった。

 ただ、それは無理もない話であり、ザイード卿も彼にこれ以上真実を伝えることは伏せることにしていた。これで暗殺であったことを知れば、彼が王としてどのような選択を取るかは予測できない域にまで差し掛かった緊迫した状況だったともいえた。

 だからこそこの件に関しては極秘でザイード卿が全権を握り進めていた計画でもあった。


 この件でザイード卿は一度ホーテン家の指揮権を長いこと離れなければならないとも考えていた。レイドの国防とこの闇深い事件を同時にこなすのはザイード卿の手にも余る問題だった。が、それは調査を始めてから三年が経過した時だった。二つの問題の両立が難しくなってきた時、なぜだかは分からなかったが、あのルナ・ホーテン・イグニカが、数年ぶりに酷くやる気を出して、国内の抱えていた問題に取り組み始めたことで、国防の方は何とでもなり、ザイード卿は事件究明に精を出すことができていた。


 そして、当然、最初は、ダスマという男の素性から掘り下げていくことから始まった。ただ、そこから想像以上に長い道のりとなって、ザイード卿はかなりの遠回りをさせられることになり、真犯人を突き止めるまでに五年掛った。

 ただ、ルナが国防に回ってくれたおかげで、想定よりもずっと早く、それでも五年はかかったが、下手をすればもっと、時間を浪費することになっていたかもしれないので、ルナの気まぐれには感謝をしていた。


 しかし、問題はそこからだった。


 ザイード卿は最後にその真犯人を突き止めた時は、ショックで言葉を失ったが、それ以上に怒りが勝ったことに安堵していた。

 ようやく彼を地獄に落とせる日が来たのだと。


 だからこそザイード卿は今、その真犯人がいる屋敷へと襲撃を仕掛けていた。


 そして、この計画が一日早まったということは特にこの長い間、繋いで来た努力に比べたらたいしたことはなかったが、それでもザイード卿がハルという人物を知るには十分すぎる機会だった。



 ハルが彼の前に現れたのはこの襲撃から三日ほど前のことだった。


 それはハルが【スモーク】と呼ばれる厄介な砦と【魔女の屍】という危険視されていた教団の問題を片付け終わり、ザイード卿に報告しに行った時の出来事だった。

 お得意の手口でザイード卿の屋敷に侵入したハルは、この二つの大手柄を手見上げに、楽園創造の条件となる特別危険区域指定権を手に入れようとしていた。

 その結果は、まだ黒騎士オスカーの件が残っているためダメだと簡単に交渉を失敗したところだったが、ハルにはその時、彼とまだ話があった。


『約束の襲撃の予定を一日早めてもらうことできませんか?』


 最初に持ちかけた条件を突っぱねられたハルはどこか不服そうに、けれど、何よりも今はそっちの方が優先ではあったかのように告げていた。


『一日早める?なぜだ?』


『これだけ長い期間の計画を立てて来たのなら一日の融通くらい聞きますよね?』


 不服そうにザイード卿は、なぜだ?と質問して来た。


『騙したい人がいるんです』


 ザイード卿は騙すというハルに眉を顰める。


『誰を騙したいんだ?』


『ルナです』


『ルナ?な、なぜ彼女を騙す必要がある?』


『巻き込みたくないんです…その襲撃に、参加させたくないんです……』


 手料理を振舞ってくれた、本の感想を言い合った、一緒に街にでかけてショッピングを楽しんだ、ベットの上でまどろむ彼女が笑う顔がハルの頭に焼き付いて離れない。


『それはダメだ。彼女の戦力は作戦当日必ず必要になる』


『彼女の分まで俺が戦います』


『………』


 ザイード卿は押し黙って少し思考をまとめているようだった。


『スモーク砦の件、あれは本当に君がやったのかね?』


『はい、ひとつ残らず全て私がやりました』


『それじゃあ、スターダストの怪物も君ということでいいんだな?』


『証拠、見せましょうか?』


 ハルの服の袖の中から黒い触手たちが顔を覗かせる。


『いや、いい、報告は入っている。インフェルの山岳部隊には私の息が掛かってる。彼等の報告通り、君が触手の巨人になって、砦を壊滅させたことは知っている。彼等がわざわざお前さんのために嘘をつくとも思えん。だから、君がすべての砦を排除してくれたことは信用する…』


『ありがとうございます』


『だが、作戦からルナ様を外すのは大幅な戦力ダウンだということは分かって欲しいのだ彼女抜きにこの作戦を進めるにはどうしても不安が残る。下手をすれば、王国の表の騎士たちをすべて相手にしなくちゃいけない、このことはライラ騎士団にも伝えていないんだ……』


 彼が悩むのも無理はない。カイのことやライラ騎士団と対峙しなければならないとなれば不安で、不安で仕方が無くなることは当然だ。大国の中でも最強とうたわれる騎士団とさらには剣聖がついてくるのだから彼の感性は正しかった。

 しかし、ザイード卿の前の前にいるハルという男も忘れてもらっては困った。

 彼は実際にハルの実力をその目で直接見たことはない。

 スワンとクロウとの戦いもあったが、あんなのではただのお遊びでしかない。いくらハルが重ねてきた伝説を語り聞かせても、実際にその目で耳で身体の全身で体験しなくてはリアルを手に入れることはできない。

 だから、ハルはどうすればいいか、考えた末たどり着いた答えがこれだった。


『じゃあ、当日はルナも連れてこなければならないのですね?』


『ああ、そうしてもらえると助かる』


『分かりました』


 ハルが一度大きなため息をついた。

 ザイード卿も困ったものだといった様子で、此方を見つめていた。


『あら?』


 その声はとても物静かな女性の声だった。


 ハルのすぐ隣には白いドレスのスワンがいた。


『なッ……!?』


 ザイード卿の頭が一瞬思考を停止する。何が起こったのか理解できずに口をぽかりと開けていた。


 この部屋にハルが無断でやって来た時には、スワンとクロウが彼と共におり、二人が護衛をしていたが、ハルとザイード卿が二人で話すために彼等は部屋の外に出ていってもらっていた。


 しかし、それが今、どういうわけかスワンだけがなぜか急に部屋の中に現れていた。


『スワン、どうやって入って来た?』


『あの、私、扉の前でこのお部屋の警戒していました……』


『ど、どういうことだ?』


 その時、部屋の扉が勢いよく開かれるとクロウが入って来た。


『すみません、スワンの姿が消えて…あ、あれ、いる?』


 三人が困惑する中、ハルが冷静にザイード卿尋ねた。


『今ここで何が起こったか分かりますか?』


『なに、どういうことだ?』


『扉の前にいた彼女を連れて来たのは私です』


『な、なにを言っている、だって、君は動いていないじゃないか!それに私にはスワンが君の隣に突然現れたように見えたぞ!』


 怪訝な表情と興奮が入り混じったザイード卿がまくしたてるように言った。


『だから、それくらい貴方と私の間には実力の差があって、そして、スワンさんと私の間にも差がある。多分、今の速さはルナでも見切れなかったと思います』


 ザイード卿は今目の前で起こったことにただひたすら理解が及ばずに混乱していた。


『わけがわからん。これは、つまりどういうことだ?』


『まだ分からないんですか?』


 そこでハルは少し微笑みながら言った。


『あなた達のことを守るのは容易いということです。どんな危険からでもね…』


 ハルのその言葉はとても平和的なものであった。命を守ることは簡単。どんな危険だったとしても自分がいれば安全。あなた方はハルの手によって守られている。しかし、よく考え、その言葉の意味の裏側にあるものを解釈していくと、ハルの隣にいたスワンの額からは嫌な汗が流れ落ち始めることにも納得がいくのかもしれない。


『そういうことかね?』


 そして、ザイード卿もこの状況をいち早く把握することで、ハルが決してお願いをしていることではないことに気が付く。


『私は作戦当日はあなたの味方につきます、だから、どうかルナのことだけは勘弁してくれませんか?』


 ザイード卿はその答えに首を縦に振るしかなかった。


『わかった、その代わり約束を破れば、楽園の件も白紙だからな?』


 それはささやかな抵抗だったのかもしれない。しかし、ザイード卿も威厳を保たなければ上に立つ者としては失格。今ここで出来る精一杯の威勢を張った。


『もちろんです。ザイード卿、私はあなたから信頼が欲しいんです。レイドを影から支えているあなたの信頼が、それは私の夢の成就に繋がります。だから安心して私のことを信じてください』


 ハルはそれだけ言うと、スワンの元から離れ、クロウの横を悠然と通り過ぎ部屋の外へと出ると最後に言った。


『そうだ、私の剣をこちらで保管していただきたいのですがよろしいでしょうか?』


『…構わないが、どうして?』


『いや、家から出て行くとき、武器を持っていたら彼女に怪しまれると思って、結構物が大きいので』


『わかった、取りに行かせよう』


『助かります』


 ハルが一度笑顔を向けて、最後に言った。


『それじゃ、当日、ここの屋敷に刀を取りに来るのでよろしくお願いしますね』


 それだけいうと、三人の目の前からハルの姿が消えるのだった。

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