十二
翌日、色吉は朝から浅草にいた。玉国屋について自分でも調べたかったのだ。
午に柳原堤下の小料理屋で太助と落ち合った。飯を食いながら話す。
「常盤屋にいってきたぜ」
と太助。常盤屋はお民や前任のお登世の口入れ屋だ。「だいぶ脅しすかしたが、お登世の実家はなんと聞いておどろくな、日本橋の鶴藤だ」
鶴藤といえば呉服屋の大店だ。
「で――」
色吉が言いかけるのを皆まで言わせず、
「もちろん訪ねてみたぜ。娘のことを訊くと、いまは上総の親戚の家にいって留守だとよ。その家についちゃあ教えてくれなかったが、まあとにかく元気にしてるってことだ」
色吉はしばし考えて、「すまねえが食ったらもっぺん鶴藤を訪ねてくれ」と太助に頼みごとをした。
今日は大変だった。
お民は雨戸を閉めてまわりながら思った。しばらくお圭さんが店のことをやることになったので、当分の間は家のことはお民に任されているのだ。戸締りは分担の約束だったが、お圭は慣れない仕事で疲れたと言って早々に寝てしまったので、お民がひとりでやっていた。
今日は調子がいいのよ――そう言ってお内儀さんのお末は、珍しく外出したのだ。もちろんお民は付き添った。
通り沿いのいろいろな店を回って、冷やかしたり、ものを買ったり、お末は病人とは思えぬ健脚ぶりをみせた。しかし買い物はすべてお民が持った。そして一刻も歩きまわったあげく、最後はお内儀さんはしんどくなったと言って、お民にもたれかかって歩いたのだった。
だからほんとはわたしだって疲れてるんですから、まったく。
「きゃっ」
小さく悲鳴をあげてしまった。なにかしら、あれは。庭でなにか動いたように見えたのだ。
母屋中の戸をすべて閉めおわり、お内儀さんの座敷をうかがう。ここの雨戸は最初に閉めたのだが、今度は就寝のあいさつのためだ。さっきから眠くてしかたがない。早くすませて布団にもぐりこみたい。
「お内儀さん、おやすみなさいませ」
もう寝ているであろうお末を起こさぬよう、外から小さく声をかけるだけにしておく。
「お民かえ、おはいり」
襖の向こうからお末の声が言った。
「はい」
と返事はしたものの、いままでこんなことはなかったのでとまどっていると、
「はように」
とせかされたので、お民は襖を開けた。衝立の向こうが行灯で明るくなっている。
「こちらに、はよう」
襖を閉めて立ちあがると、衝立の向こうに回った。
はっ、と息をのんだ。
お内儀さんだけだと思っていたのに、男の背中が見えたからだ。旦那さまか、と思ったが、仙衛門ほどは恰幅がよくない。振り返った顔を見ると――
「若旦那さま」
三次郎だった。赤い顔で目が座っていて、お民は背筋が震えた。
「このところ嫌なことが続いたし、三次郎さんも仕事が増えて、ずいぶんと働いてお疲れだろうからね、一杯ふるまっていたのさ。ついでと言っちゃ悪いが、おまえもねぎらってやろうと思ってね」
いつになく快活なお末が貧乏徳利と湯呑みを指しながら言った。ちゃんとお民の湯呑みまで用意してあった。さっきお民が延べた布団は押し入れにしまったのか見あたらない。
「いえ、あたし、お酒は……」
「飲んだことないのかい、まあ試してごらんよ、よく寝れて、疲れが取れるよ」
お末は湯呑みに酒を注いだ。
「いえ……」
もうすでに、お民は眠くて眠くて、いまにも瞼が落ちてきそうになっている。と、思った先から、目を閉じてしまった。
「おやおや、そんなに眠かったのかい。さあさ、なら遠慮せずに横になんなよ」
お末はお民に手を添えて横たわらせてやった。三次郎はというと、こちらはすでに手枕で横になりいびきをかいていた。




