八
初夏の日が長いとはいえ、もう暮れていたので色吉はお民を冨急の見えるところまで送った。
その足で神田下白壁町を訪ねると、太助は自分の長屋にいた。手下の卒太と根吉もいっしょだった。感心なことにこのところあまり賭場には顔を出していないようだ。
「ふうん、それでおめえはどう思ってんだ。ほんとになんだか怪しいのか」
たったいま聞いた事情を話すと、太助が言った。
「ああ」
色吉はうなずいた。「宇井野の旦那とあの、なんだ、その、馬道の親分が土蔵に入ったとき、当主仙衛門に外から鍵を開けさせただろう」
「ふうむ……」
太助が腕を組んだ。「そうだったっけ?」
「あんた、ひとの話を聞いてたかい」
「そんな細けえこといちいち覚えてねえよ」
「まあいいや、で、そうなるとだな、お貞が倉に入り込んで飛び降りたとしたら、いってえ誰が鍵を閉めたんだ?」
「さあ、知らねえな。誰なんだ?」
「いやおれだって知らねえ、問題はそこじゃねえ。宇井野の旦那の見立てどおりお貞の自害だとすると、土蔵に鍵がかかってるのはおかしいだろ?」
「どういうことでい」
「もしお貞が土蔵の窓から落ちたとしたら、お貞が土蔵に入ったあとで鍵をかけたやつがいるってことだ。ひょっとするとそいつが突き落としたのかもしれねえ。もひとつ考えられるのは、鍵はずっとかかっていた、ってことだ。お貞は他の場所で死んでたのを運んできて、窓から落ちたようにみせかけた、ってことだ」
「ふうむ、なるほど。そのお富って女中はそれについてなにか言ってたか?」
「お民、な。いや、娘にはこのことは話してねえ」
「なんで」
「余計に怖がらせることになっちまう。あまりびくびくしすぎるのもよくねえ」
「なるほど……それで、おいらにそんな話を聞かせる、つうことは、その冨急について探れっつうことか」
「さすが太助親分、話が早え。だが冨急のほうはおれがやる。あんたには他を当たってもらいてえ」
色吉は頼みを伝えた。
「いろいろ忙しいのにすまねえ。あんたらも、頼んだぜ」
言いながら卒太と根吉に目をやると、二人ともこっくりこっくりと舟をこいでいた。
「妙に静かだと思ったら」
と、太助に目を戻すと、こちらももう舟をこいでいた。




