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第9話 初心者的挨拶

 さてと、そろそろゴールデンタイムだ。

 現在働いていない私はやろうと思えば二十四時間ログインすることができる。

 しかしそんなにログインしてしまえば廃人と思われる可能性がある。

 特にギルドに入ったからにはログイン時間に注意しなければならない。

 なぜならば、自分のログインしている時間がギルドメンバーに分かってしまうからだ。

 ゆえに私は細心の注意を払いつつ、レガリアへとログインを開始した。



 モモカがログインしました。


「こ、こんばんわ!」


 …………。


 …………………………………………。


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 む、無視されている!!!

 なぜだ。私の何が悪かったというのだ。

 何も間違えてはいないはずだ。最も人の集まるゴールデンタイム開始時間にコンマ一秒の遅延すらなくログインしてギルドチャットモードで挨拶したというのに、どうして誰も返事を返してくれないのだ!

 ギルドルールにもあったはずだ!挨拶をしましょうと!


 ど、どうする。どうすればいい。

 もしかして私は昨日の時点でギルドメンバーから嫌われてしまったのか?

 あ、ありえない話ではない。これまでの人生でも理由が分からないまま嫌われているなど数え切れないほどあった。

 しかし私は生まれ変わったのだ!

 以前の私ではない私に!

 どこがどう変わったかというと、キャラが可愛くなって弱くなった!

 そして何より私は初心者になったはずなのだ!!!

 何が足りない!可愛さか!?よし、任せろ!


「こ、こんばんわだにゃん!」


 誰か私を殺してくれないかッ!!!


「あ、いたいた。モモコさーーん!」


 振り返ると藍が手を振りながら私に近づいてきた。


「今日はまだ他の人は誰もいないみたいですね」


 なん……だとっ!?

 すぐにシステムウィンドウを開いてギルドリストを確認する。



現在ログインしているギルドメンバー

 藍

 モモコ



 ほ、本当だ。まさかまだ誰もログインしていなかったなんて……なんて健全なギルドなんだ……。

 いや、ちょっと待って。一人いるではないか。ログインしていた者が。


「な、なあ、藍。つかぬ事を聞くが、一体いつからゲームをしていたのだ……」

「え?一時間前くらいだけど?」


 二十時よりも前にログインしていただと!?


「な、ならばなぜ挨拶を返さなかったのだ!ギルドルールにもあったではないか!挨拶をしましょうと!」

「あ、それなんだけど、さっき村の中歩いてたら突然モモコさんの声が聞こえてきて、返事しようと思って色々いじってたら、今度はモモコさんの可愛い挨拶が聞こえてきたからとりあえず周りを探してみたらすぐに見つかって、結局どうやって返事をすればいいのか分からなくて」


 な、なんて初心者なのだ!そうか、初心者はギルドチャットの仕方も分からないものなのか!


「そうだったのか……。この機能はギルドチャットと言ってな、左手の近くにボタンがあるだろう。それを押せばギルド全員に伝わるようになっている」

「なるほど!さすがモモコさんですね!」


 おかしい……。なぜ私が教える側になっているのだ……。

 藍が何やらたどたどしい手つきで左手を操作しはじめる。すると……。


『こ、こんばんわだにゃん!』

「え?」

「あれ?」

『こ、こんばんわだにゃん!』

「な、何を……」

「これってさっきモモコさんがした可愛らしい挨拶ですよね。左手のところにある赤いボタンを押したらなぜかこれが再生されるんですけど」


 そう言って藍が再び左手を操作する。


『こ、こんばんわだにゃん!』

「そ、それは録音した音声を再生するボタンだ!録音しておったのか!」

「適当にいじってたからよく分からないけどそうなのかな?」

『こ、こんばんわだにゃん!』

「いっそ殺せ!私を殺してくれ!!!」

「え!?嫌だったんですか!こんなにノリノリで可愛く挨拶してたからてっきりこういうのが好きなのかと思っちゃいました」

「そんなわけがないであろう!ギルドチャットのボタンはそのボタンではない!緑のボタンだ!」

「あ、これですね」


 山田がログインしました。


「あ、ちょうどお兄ちゃんが来ましたね。操作方法は覚えました!挨拶は任せてください!」

「え、任せるって?」


 挨拶は人に任せるものではないだろう。それぞれがしなければならないものだ。そんなことも分からないとは初心者以前の問題だぞ。


「お兄ちゃん。こんばんは」

「ああ、藍か。こんばんは」

「『こ、こんばんわだにゃん!』」

「なっ!?」


 私はその場で凍り付いてしまった。

 この女!緑のボタンを押したまま赤いボタンを押しおった!


「こ、こんばんは。この声はモモカさん、かな……」

「違う!!!!!!」


 私はすぐにギルドチャットで否定した。


「だ、だよね……」

「何真面目ぶってるの。お兄ちゃんこういうの好きでしょ?さぁ萌えに萌えて悶え死ぬがいい!」

「『こ、こんばんわだにゃん!』」

「~~~~~~~~~~~~!!!!!」

「や、やめぬかーーーーーーーー!!!!」

「『こ、こんばんわだにゃん!』」

「しょ、消去するのだ!そのような音声は即刻消去するのだ!」


 私は藍に飛び掛って無理やり左手を操作する。

 しかし警告音が鳴って消去することができない。


『プレイヤーのシステム操作に介入している恐れがあります。直ちに対処しなければ強制的に……』


「知るかーーーーーーーー!!!今まさに私の誇りが傷つけられようとしておるのだ!何人たりともわたしの邪魔をする奴は……」


 そこまで言ったところで私のHPはゼロになった。


 そして碑石の前で復活をすると、山田と藍が目の前で待っていた。


「お前たちの所為で死んでしまったではないか!」


 レガリアオンラインでは力ずくで他人のシステム操作に介入しようとすると、警告がなされ、それでも止めなければ死亡という罰則が科せられることとなる。そしてそれにはもちろんもれなくデスペナルティーまで付いてくる。

 とは言え、無職レベル1である私にデスペナなど何の意味も為さないが。


「ご、ごめんごめん!まさかこんなことになるとは思ってなくて」


 両手を合わせてごめんと謝る藍の横で山田が赤い顔をして立っていた。

 ん?なぜ赤い顔を?

 私が訝しげに山田を見上げていると、山田が唐突に声をあげた。


「その、こんばんわ」


 そう言ってはにかむように笑う山田。

 まさかこの男……。

 上目遣いで睨み付ける。


「こ、こんばんわ」


 再び挨拶してくる山田。分かった。分かってしまった。この男の意図が。


「……言わんぞ」

「え」

「私はもう二度とあんな言葉は言わんぞ」

「…………」


 その瞬間山田の顔がこの世の終わりでも迎えたかのような絶望に包まれた。

 心底呆れ返る……。


「お前の兄は本当に碌でもないな」

「ごめん、うちのお兄ちゃん無類の猫好きだから」


 兄に代わって謝りながらも妹は山田と距離を取る。


「いくら猫好きとは言え同じギルドの女性に猫語を求めるなど完全にセクハラだぞ。そういうことはキャバクラにでも行って頼んでくれ」

「お兄ちゃんがそんな店入れると思う?」

「思わんな。初見かつ一人でそのような店に入れる度胸とコミュニケーション能力があるならば、今頃恋人の一人や二人いてもおかしくはないだろう」

「いや、二人はおかしいですけどね」


 そして妹は名案でも思いついたかのように声をあげた。


「あ、そうだ!モモカさんうちのお兄ちゃんを貰ってくださいよ!こう見えて頭も見てくれも性格も意外と悪くないんですよ!」

「いらん。いらんにもほどがある」


 この女…………、普通自分でも近づきたくないような男を他人に勧めるか?残飯処理ではないのだぞ。


「えー!?何でですか!」


 妹が声をあげる中、山田は真っ白になって燃え尽きていた。

 理由を挙げるならばいくらでも挙げられるが。そうだな……、その中でも一番に挙げるとすればやはり……。


「今はもう恋人を作ろうという気が起きぬのだ……」

「え!?もしかしてモモカさん……、昔付き合っていた人に酷い目に合わされてそれがトラウマに…………」

「特定の恋人など作ってしまえば、男にちやほやしてもらえなくなるからな!」

「え?」

「やはり男の気を惹くためには、男の影があっては困るのだ」

「えーっと……」

「というわけで私は恋人など求めておらん!」


 そう!理想は初心者エリアで見かけたあの二人のように私を身を挺して守ってくれる頼るになる男にちやほやされるつつイチャイチャすることであって、そのためには恋人などいては困るのだ。


「それって本末て……」

「ゆえに私はお前の兄を貰ってやる余裕はない。それにその男の恋人なら乙女が探すということで決着がついているではないか」

「いや、さすがにそれはうちの親と家族戦争が勃発しそうだから困るんだけど……」


 私が妹を説き伏せている横で、山田は体育座りをして涙を流し続けていた。

 精悍せいかんな顔で涙を流すその姿はとても気持ち悪く、私の心へと焼きついたのであった。

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