自主練 side祥花
お久しぶりです。
約一年程音沙汰なかったことに自分で驚いています。((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
PV5万突破&100pt記念小話もupしています。
よろしければ目次から飛んでくださいませ。
人と深くかかわらないようにしてきた。
人を好きになったり、嫌いにならないようにしてきた。
好きにならないようにしたのは、人間が好きじゃないからだ。
嫌いにならないようにしたのは、きっと自分が嫌いだからだ。
こんなことを聞いたことはないだろうか。
人は自分の嫌なところを他人に見出すとその人を嫌う、と。
所謂同族嫌悪というやつなのかもしれない。
私は自分が好きじゃない。
人のことを気にせずに生きようとしている裏で、人目を気にする自分がいるのに、気が付いている。
この自己矛盾。
なんだかもう自分自身が面倒臭い。
自分のことも好きになれないような人間が、他人を好きになるわけがない。
そんな私が、恋をするという事を、演技であってもする羽目になるとは思わなかった。
「『ねぇ、野獣さん。お願いだからお父様を返して?返してくださるなら、私が代わりにここに残っても構いませんから』」
「『・・・ふ、ふん。俺、様だってなぁす、好きであんなジジイなんか・・・。』・・・ごめんなさいちょっとタンマ」
河野は手を合わせて頭を下げた。
いつもならここで一色さんの怒号が飛んで来るところだが、今日は一色さんはいない。というか、私と河野以外誰もいない。
放課後の教室で主役二人の自主練。
「ほんと悪い、秋津。俺の練習に付き合ってもらっちゃって」
「気にするな。私も暗記できてるかの確認できるし」
眼鏡を拭きながら返すと、小さな声で河野が言った。
「・・・サラっと嫌味言うよな、秋津って」
「何か言ったか?」
聞こえなかったふりをして聞き返す。
上に眼鏡をかざして曇っていないか確認した。うん、大丈夫だ。
「イイエ何も。どうしてそう簡単に台詞言えるのか教えてもらえませんでしょーか?」
「恥じらいを捨てる。それに尽きるね」
「簡単に言うけどさぁ・・・・」
それができないから困ってるんだろ、と河野は小さく呟いた。
仕方ないやつだ。私なりのやり方を教えてやろう。
「・・・自分の中で、スイッチを作るんだ」
「スイッチ?」
「私の場合なら、眼鏡。眼鏡を外したら『私』は『ベル』だ。そう思い込むわけだよ。OK?」
「・・・俺の場合、何になるの」
「・・・そうだな。前髪上げてみるってのは?お、ちょうど輪ゴムあるし」
「い、嫌だ。輪ゴムってなんだよ、見るからに痛そうじゃんか・・・って。あ、秋津、さん?何してるのかな?!」
「はーいはいはい。動かないでじっとしてろよー」
自分で言った思いつきだが、結構良さそうだ。
そういや河野は結構前髪が長めだし。
その奥から覗く鋭い目がこれまた怖いんだよなぁ・・・。なんて考えながら身を乗り出して河野の前髪を括った。
「はい、出来た。どう?視界が一気に広がる感じじゃない?」
「そりゃそうだけど、絶対髪型可笑しいよな?」
「うーん。可愛いと思うけど。・・・ていうか、河野、君結構顔整ってるんだな。知らなかった」
鼻筋通ってるし、鋭い目もまぁ、よく言えば切れ長の涼やかな・・・って言えなくもない。それにしては怖すぎるが。
「は?え、い、いきなり言ってんの秋津」
「思ったままを言ってるだけだけど?・・・よし、君は今から野獣だ。ん?違うな。偉そうな王子様だ。自分が野獣になってることに気づかない馬鹿で哀れな王子様だ」
「・・・言い方えげつねぇな」
「『野獣さん、どうかお父様を返して?』」
「・・・ふぅ。俺はバカ王子、俺はバカ王子、俺はバカ王子」
「『野獣さん?』」
このセリフは厳密には台本通りではない。
でも今はこの流れを大切にしたかったから、『ベル』のまま河野を促す。
懸命に自分に言い聞かせて、顔を上げた河野の目つきが・・・変わった。
「『ふんっ俺様だって、好きであんなジジイ攫うわけ無いだろう?言ったな、小娘。なら、お前が残るんだな。・・・あぁ、あと俺のことは名前で呼べ。光栄に思うがいい俺の名は誰もが口にできるものではないからなァ』」
「『野獣さんの、お名前?』」
「『そうだ、俺の名は・・・俺の、俺の名は・・・くそっ呪いか。もういい。野獣とは呼ぶな、それだけだ』」
「『それでは、貴方をどう呼べばいいの?』」
「『呼ぶ必要などない。この屋敷には俺しかいない。そうだ忘れていた呼ぶ必要などない。俺もお前のことは小娘と呼ぶことにしよう』」
「『えっ!い、嫌よそんなの!私には、お父様がつけてくれた、『ベル』って名前があるんですもの!』」
「『っ煩い、黙れ!』」
河野が、いや、野獣が手を挙げた。
演技に熱が入ったのか、河野が立ち上がった。
その時足が引っかかり、椅子が倒れて大きな音がした。
「っ・・・あ・・・ごめん秋津。俺・・・今」
「河野って、自己暗示にかかりやすいタイプなんだな」
「・・・ごめんなさい」
「いや、別に責めてるわけじゃない。実際演技ではそうなってるし、今の河野は完璧だった。役に入り込めていたよ。・・・ちょっと休憩するか?」
「悪い・・・」
「だーかーら。謝るなって。河野は悪くないんだから。ゴム外そうか?」
「そうだな。・・・っ痛。うわ、ちょっと抜けた」
「あー・・・ごめん。ハゲにならないといいけど」
「父さんハゲじゃねーし多分大丈夫・・・だと思うけど。つーか悪びれないね秋津」
「効果あったし、プラマイゼロだ」
「・・・その男らしさ見習いたいくらいだぜ、まったく」
前髪を弄りながら河野はぼやいた。
「男らしい・・・ね」
河野の言葉に変な含みとか全く無いとは分かっていたけれど、それでも引っかかった。
大昔のことなのに、結構トラウマになってるものなんだな。
私の呟きに気づいた河野があたふたした。
「え?・・・あ、悪ぃ。でも良い意味で、だからな!?ほら所謂オトコマエってやつで・・・!」
「いや、別に。分かってるし河野の言いたいことくらいは」
「・・・いやでも、秋津なんか怒ってる・・・よな?」
「怒ってない」
「いや怒ってるだろ」
「怒ってない」
「いやでも」
「怒ってない。・・・何回も言わせるな。君は私に怒って欲しいのか?」
「いや滅相もない」
「・・・なら、気にしなくていい。今朝少し嫌な夢を見たんだ。・・・それをちょっと思い出しただけだから」
せっかく休憩のつもりで止めたのに私は一体何をしているんだ。
なるだけ落ち着いた物言いになるように気をつける。
「・・・そっか。寝不足・・・だったりする?」
おずおずと。形容するならばそんな感じで河野は聞いてきた。
それでも夢のことについて突っ込んでこないところが河野らしい。
その気遣いが、今は有難かった。
「いいや。5時間は寝た」
「いやそれ十分な睡眠時間じゃねぇだろ!俺なんか毎日8時間だぜ?!」
「それはそれは。・・・寝る子は育つとはよく言ったものだ」
「ああ?どこ見て言ってる秋津?」
「・・・頭も育てばよかったのにな」
「しみじみ言うな!悲しくなるから!」
いつもどおりの軽口の応酬。
さっきまでの嫌な雰囲気が消えたようで、ホッとした。
私が悪いのだけれど、今河野と喧嘩するのは不味い。
(・・・一色さんの雷が落ちる、気がする)
『え?!喧嘩!?ちょっと冗談キツいよ秋っちゃん。・・・え?なに?冗談じゃない?・・・・・・仲直り、してくれるよね?つーか、しなさい。監督命令』
想像上の彼女はイイ笑顔だった。
私は彼女を一体何だと思っているのか・・・。河野のことを笑えないぞ。
(まぁ一色さんのことがなくても喧嘩なんてしたくないよな)
高校生にもなって、さ。
「・・・私ってさ。もしかしたら君の優しさに甘えてるところもあるのかもしれないな」
「ふぁ!?な、なんだいきなり?」
「いや、ただの独り言」
「それにしちゃ声でかかったぜ?」
「はいはい。休憩終わり。続き、やるよ」
「・・・完璧にスルー・・・!」
眼鏡を外して私は、いや『ベル』は綺麗に微笑んだ。
「『・・・それじゃあ、これからよろしくね。野獣さん』