魔法使い
96 魔法使い
目の前には恐らくアドリアーノ公本人、その側近の男、そして部下と思しき痩せた男の三人だけ。
……ケル、倒れてる警備兵を放り出して!
『了解』
ギルバートの指示を受け、ケルが即座に「念動」の魔法の腕で、扉を守っていた警備兵二人を、窓に向って投げつけた。
二人の警備兵は窓を突き破って公爵邸の庭園に飛んで落ちていく。
まさかとは思うが、彼らが気を失っている振りをしているとすると、ギルバート達はいつでも背後から不意打ちを受ける事になる。それゆえ、疑わしきは速やかに排除した。
これで魔法使い候補は三人。一気にあぶりだす為、ギルバートは三人に対し、「重力視」の魔法を発動する。
だが、ギルバートの「重力視」の魔法は不可視の何かに阻まれ、標的を捉えた感触が得られなかった。
『……おそらく、相手も「結界」の魔法を使っている。そらっ!』
ケルがそう言うと、床に転がっていた硝子片を「念動」の魔法の腕で拾い上げ、アドリアーノ公に向って飛ばす。
だが、硝子片はギルバートのすぐ目の前の空間で弾かれて、明後日の方向へ飛んで落ちた。敵の魔法の盾は、ほぼ部屋全体を覆っているようだ。
おかげで敵の魔法使いが誰か、ほぼ判明した。
アドリアーノ公かその側近が魔法使いであれば、こんなに広い魔法の盾は必要ない。公爵は部下を全て助けるような慈悲深い人間ではないだろうし、側近なら公爵を優先するはずだ。
つまり、壁際の痩せた男が魔法使いという事だ。
ギルバートが壁際の痩せた男を見ると同時に、男は部屋の中央まで進み、ギルバートに正対した。
「……攻撃だけでなく防御の魔法も持っているとはね」
痩せた男は口の端を吊り上げ、神経質そうに笑った。
「お前が魔法使いだな」
「さぁ?どうでしょう」
言動で既に明らかだというのに、痩せた男はあくまでも、まともにギルバートの相手をする気がないようだった。
……それならそれでもかまわないけど、なっ!
ギルバートは抑えていた「重力視」の魔法の圧力を一気に高めてゆく。
「おっと!?」
その瞬間、明らかに相手の「結界」の魔法の盾が揺らいだが、すぐに持ち直した。
「……これは、なかなかの力ですね」
痩せた男は軽い調子でそう言ったが、明らかに表情が苦し気に歪んでいた。だが、それも演技かもしれない。
油断はしない、とギルバートは気を引き締めた。
実際、ギルバートの方もやや焦っており、到底、油断できる状況ではなかった。敵の魔法使いの「重力視」の魔法の威力が、ギルバートより遥かに強力だったからだ。
時折、まるでギルバートの限界を探るように「重力視」の魔法の威力が瞬間的に激増する。
「グッ!?……ううぅ……ッ!?」
その度にギルバートは慌てて「結界」の魔法の盾に魔力を多く注ぎ込んで耐えた。
……くっ!お返しだっ!
そしてギルバートも、黙ってやられてはいない。同じ様に緩急をつけて「重力視」の魔法の威力を瞬間的に高める。
「むっ……!?」
敵魔法使いもギルバートの攻撃で動揺していた。
救いは敵の「結界」の魔法の盾の力がかなり弱そうなことだ。今も、ちょっと突いただけで揺らいでいる。
……いや、もしかしたら、魔法の盾を大きくしたせいで、防御力が犠牲になってるのか?
『その推測は、多分あたっているだろうが……』
だとすれば、敵は魔法の盾をもっと小さく効率的なサイズにしたい筈。
だったら、敵が魔法の盾を一度解除した瞬間、もう一度魔法の盾を成型する前に一気に圧し潰す。
ギルバートはそう考えていたが、次の瞬間、急に敵の魔法の盾が強固になり、揺らがなくなった。
『……一枚目の「結界」を消す前に、内側にもう一枚「結界」を張り直したようだな』
ケルが念話でそう言って嘆息した。
敵の魔法使いとギルバートの魔法戦は膠着状態に入ってしまった。
現状、「重力視」の魔法ではかなり負けているが、「結界」の魔法ではかなり勝っており、形勢は一見、均衡しているように見える。
だが敵の魔法使いはギルバートから見ても今や、かなり苦しそうだった。
そしてそれを必死に隠そうとしているが、隠しきれていない。
どうやらあまり持久力がないのに、色々したせいで魔力が急激に減少しているようだ。短期決戦型なのだろう。
おそらく魔法効率(魔法に使用する魔力効率)ならギルバートが相当勝ってそうだった。
「……こ、これは、恐るべき、魔力量ですね……」
敵の魔法使いは苦し気にそんな声を漏らす。ギルバートの魔力量は平均レベルなので、それは勘違いなのだが、結果としては同じだった。
「……ですが、私も、まだまだ、持ちますよ?……いずれ、精鋭の兵達が、駆けつけてくれば、不利になるのは、そちら……どうです……?一旦、休戦、しませんか?……無事は……保証……します、よ?」
敵の魔法使いは、息も絶え絶えに話し続けた。正直、すぐに音を上げそうにも見えるが、一方で彼の双眸は力を失っておらず、非常に判断が難しい。
確かにギルバートも時間が経つほど、状況が悪くなる。公爵家の精鋭に次々に襲い掛かられては、逆にこちらが先に魔力切れになるだろう。
だが、魔法を解除したとたん、敵の魔法使いが何をするか分からない。何しろ、他にどんな魔法を持っているかも分からないのだ。
恐らく、敵の魔法使いは何か切り札があるのだろう。だが、三つの魔法の同時使用は出来ないようだ。
とすれば、やはりここが勝機だろう。
「……いや、お前の力は大体分かった。今からオレがお前を殺して勝利する。それが嫌なら今すぐ魔法を解除して、魔法石を差し出せ」
ギルバートの勝利宣言と降伏勧告に対し、敵の魔法使いからの返答は何もなかった。
「……これは最後通告だ。魔法を停止しないなら殺す」
「……ハァ……ハァ……ハァ」
少し待ったが、相変わらず敵の魔法使いからの返答はない。
ギルバートは、足元から「土の」魔法と「硬化」の魔法を伸ばして行き、敵の魔法使いの背後の床から、硬化した土の槍を突き上げた。
「結界」の魔法で成型する、半球状の魔法の盾の弱点は背後からの攻撃だ。
そして半球状の魔法の盾を上からすっぽり被せるように成型した場合、真下からの攻撃は防げない。
硬化した土の槍は過たず、敵の魔法使いの胸の真ん中を貫いた。
「ぐはっ!?……な、んだと……三つの……魔法の……同時使用……だと……?」
敵の魔法使いは目を見開き、最後にそう言って事切れたのであった。
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本日、3話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「魔法使い2」
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