ベルファーム
85 ベルファーム
応接室には、新たに淹れられたお茶の良い香りが広がっていたが、エリザベスの心は一向に晴れなかった。
何故なら今、エリザベスは先ほど宝石箱を持って入ってきた美少女と二人きりだったからだ。
無論、二人きりと言っても、美少女の側仕えや、給仕をしているこの城の使用人などは居るし、ケルも居るのだが。
つい今し方エリザベスは、リンドヴァーン伯爵に「ちょっと旦那を借りる」と言われた。そして目の前の美少女に、この応接室へ連れて来られたのだ。
二人は今頃、件の魔法石についての商談をしているのだろう。
当然、問題は魔法石の代わりにギルが何を要求されるか、である。
そして、先ほどからずっと嫌な予感が止まらない。伯爵の要求内容を、エリザベスはほぼ完ぺきに言い当てることが出来る気がしていた。
「……あの、グレイマギウス伯爵夫人」
「は、はい?」
ふと、誰かが呼んでいると気づいて、エリザベスは慌てて返事をした。そしてその「誰か」は、目の前の美少女に決まっている。
「改めて、ご挨拶させてくださいませ。わたくし、リンドヴァーン伯爵の第三夫人の娘で七女のベルファーム・リンドヴァーンと申します。どうぞお見知り置き下さいませ」
「あ、宜しくお願いします。エリザベス・アローズ・グレイマギウスです」
エリザベスは美少女と自己紹介しあうと、とりあえず落ち着くため、お茶を飲んだ。
お茶は素晴らしくおいしかったが、やはりエリザベスは落ち着かない。目の前で美少女、ベルファームがジッと自分を見つめているからだ。
「あ、あの、どうかされましたか、ベルファーム様?」
エリザベスはたまらずそう聞いた。ベルファームはハッとした様子で、一度目を逸らしたが、またエリザベスの目を見つめた。
「不躾にごめんなさい。わたくし、年の近い女性とお話する機会があまりなくて」
それは、意外な話ではあった。エリザベスと同じ年ごろで伯爵令嬢となれば、交友関係は幅広いのではないのだろうか。
「……伯爵家ともなると、夜会やお茶会など、そう言った社交の機会はいくらでもおありになるのでは?」
「その、うちは母があまり外に出たがらない性質で……わたくしも家中では行き遅れと揶揄されておりますわ」
そうなるとますます意外だった。リンドヴァーン伯爵は家中を厳しく引き締めるタイプに見えるし、娘を蔑ろにするような人間とも思えないが、案外、家の事には興味がない人なのだろうか。
「いえ、それは良いのです。……そうではなく、あの、わたくし、エ、エリザベス様と仲良くやっていけると思うんです!」
リンドヴァーン家の事を考えていたエリザベスは、ベルファームの突然の告白に目を丸くした。
「え……ま、まあ、はい。そうですね?」
突然のことで何と言って言いか分からず、エリザベスは曖昧に言葉を濁してしまった。
相手は伯爵令嬢。しかも父親は只の伯爵ではない。ゼクストフィール王国でも数少ない、大貴族と呼ばれる人間だ。正直、とてもお友達という感覚にはなれそうもない。
だが、ベルファームがどの程度の交流を望んでいるのかは分からないが、仲良くしたいと言うなら、エリザベスとしても特段、断る理由はなかった。
「まぁ!ですわよね!?エリザベス様もそうお思いになりますわよね!?嬉しいですわ!わたくし、感無量です♪」
エリザベスの返答を肯定的に捉えたようで、ベルファームが喜色を満面に表した。
ベルファームはぐいっと身を乗り出すと、エリザベスの両手を包み込み、目を輝かせて言った。
「わたくし、ぜひギルバート様の側室にしていただきたいと思っているんです♪」
「それは嫌」
一瞬で、ピキーンと空気が凍ったように感じたエリザベスだったが、ベルファームは全く気にもしないようで、さらに勢いを増してゆく。
「エリザベス様、お気持ちは分かりますが、貴重な魔法使いの血を残す為には、ぜひ、妻は複数持たれるのが望ましいのですわ!」
……いや、わたしも魔法使いなんだけどね
今や、自分も魔法使いなのだが、三人で話し合って、その事は当面、安全の為にも黙っていようという事になっていたので、エリザベスは心の中で独り言ちた。
ちらっとケルを見ると、嘴をガバッと開け、目を見開いている。……いや、鳥はいつもこんな感じの目をしていた気もするが……?ともかく、最近よく見かける表情だった。
エリザベスはベルファームに視線を戻す。
「……うーん、ギルも嫌って言うと思うよ?わたしもギルも、そういう一夫多妻、一妻多夫みたいなの、あまり好きじゃないし」
「でも、ギルバート様は魔法使い伯爵の義務として、ご理解下さるかもしれませんわ。わたくしが直接、ギルバート様にお願いしてみてもよろしいですか?」
当然、よろしいわけがない。だが、ベルファームは、ダメと言って素直に引き下がるようにはとても見えない。
悪い子ではなさそうだが、なにしろメチャクチャ押しが強い。
先ほどは仲良くなれそうと言われて、そうかな?と思ったが、この押しの強さは、正直、苦手かもしれない。
「うーん……ギルの側室については、やっぱりわたしは認めることはできません。ですが、ベルファーム様がギルに婚姻の打診をされるとしても、わたしはそれを止めることは出来ません」
エリザベスは、半ばあきらめてそう言った。ただし、一言付け加える。
「……ですが、その打診をされるのであれば、申し訳ありませんが、仲良くしたいというお申し出は、お断りせざるを得ません」
エリザベスはベルファームの目を真っすぐ見つめて、はっきりそう言った。
「そう……ですか。ごめんなさい。エリザベス様をご不快にさせるつもりはなかったのです。わたくし、このお話は諦めます」
エリザベスが何と言おうと、気にもしないと思っていたベルファームは、予想に反してひどく落ち込んだ様子で、項垂れていた。
そうなると、なんだかエリザベスが彼女を虐めているような気分になってくる。
いやな事を言われているのはむしろ、自分のほうなのに、と思ったが、何となく、エリザベスはベルファームを放ってはおけなかった。
「……そんなに側室になりたいの?」
「いえ、側室になりたいのではありません。わたくしは魔法使いと結婚したいのです。ただ、ギルバート様にはエリザベス様がいらっしゃるので、側室でもいいから結婚して頂きたいと思っただけなのです」
悲しそうな顔でそう言うベルファームに悪意は全く感じなかった。純粋に、魔法使いに憧れている、そんな感じなのだろう。だからと言って、ギルを共有するなどあり得ないが。
「……じゃあ、ギルに聞いてみれば?わたしも覚悟しておくわ」
エリザベスがどう思っても、最終的にはギルを縛ることは出来ない。死ぬほどつらいだろうが、なるようにしかならないのだ。
「……わたくしが側室になってもいいのですか?仲良くしてくれますか?」
「いいえ、それは無理よ。でも、ギルがあなたを選ぶなら、がんばって諦めるわ」
エリザベスは、自分で言っていて、何だか情けなくて泣きたくなってきた。どうして自分がこんな思いをしなくてはならないのだろうか。
「……では、やはりこのお話はなかった事に致しましょう」
ベルファームは、にこりと笑ってきっぱりとそう言った。
「いいの?」
「ええ。わたくし、エリザベス様と仲良くなりたいのも、本当ですから♪」
そうまで言われては、エリザベスも否とは言えず、がっくりと肩を落として嘆息した。
「はぁ……分かったわ。仲良くなれるように、わたしも努力するわ」
「まあ!本当ですか?有難うございます♪」
ベルファームは、再びエリザベスの手を握って、目を輝かせた。
そうして喜びに満ち溢れているベルファームは、エリザベスすらうっとりするほど美しかった。
こうして、エリザベスに新たな「お友達」が出来たのであった。
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本日、2話目、ラストです。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「条件」
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