報告3
76 報告3
シルバートゥース・グレイヴァル支部壊滅の数日後、一見、三十代後半ほどの男がグレイヴァル領の領都グレイヴァルから、リオール領の領都リオーリアへと向っていた。
馬車を使わず、馬二頭を交互に乗り換えながら、夜を日に継いで一気に森を駆け抜け、男はほぼ最短でリオーリアの門をくぐった。
リオーリアの街はグレイヴァルより遥かに大きく、平民街の一部は、グレイヴァルには存在しないスラム地区になっていた。
当然、グレイヴァルより人通りも多く、治安も悪いが、男は慣れた様子でスイスイと人波を避けて進む。平民街を抜ける時、男と接触して紙片を受け取り一瞬目を合わせると、一転、貴族街へ向かった。
平民街と貴族街は巨大な壁と門で隔てられ、門を通過するものを門衛達が一人一人審査していたが、男はすぐに門を通過した。
門衛達は最初、男が三十代後半だと思ったが、間近で確認した後は、焦燥し、やつれているだけで案外若い、という印象に変わっていた。
男は門衛達に見送られながら門を抜けると、目的地へと急いだ。
貴族街でも一際大きい大邸宅にたどり着くと、男は、使用人により裏口から招き入れられた。
☆
「……何だと!?」
「……ですから、グレイヴァルの支部は壊滅しました!例の魔法使いに、飼っていた兵隊も、ボス達も皆やられました。私は拠点を離れていたおかげで、辛うじて難を逃れたんです!」
夜を徹して駆けてきたのか、男は随分とやつれていたが、原因はそれだけではないようだった。
普段であれば自分の詰問に声を荒げることなど無い彼が、半ばヒステリー気味に言葉を返したのだ。
男の慌てぶりを見て、商人風の男は言葉を和らげた。
「……すみません、ちょっと信じられない報告だったもので、取り乱しました。続けて下さい」
「す、すみません、ボス。し、しかし事実です。おおよその状況はこの目で確認しました。私が見たのは魔法使いが屋敷に入った後からでしたが……」
そう言うと、男は少し落ち着きを取り戻し、グレイヴァル支部について、知っている事をつぶさに報告した。
「……ガルムよ。随分とゆかいな事になっているようだな?」
男の報告が終わると同時に、そんな声が飛んだ。男が声のした方を見ると、部屋の奥は一段高くなっており、その境目には一面、御簾が掛けられていた。
「……は、面目次第もございません」
「ガルム」と呼ばれた彼らのボスは、声に対して頭を下げる。男はボスの名前が「ガルム」であることを、今、初めて知った。
頭をあげたボス、ガルムが男を見る目は恐ろしく冷たく無表情で、仲間や部下に対するモノではなかった。
「クルエルダードよ、どうだ。貴様なら勝てるか?」
「……さて、どうでしょうか?今、聞いただけでも『飛行』の魔法に加え、攻撃系の魔法をいくつか持っていると思われますので……」
突然、男の背後から別の声がした。慌てて振り向けば、壁際に中肉中背でやや頬のこけた、神経質そうな男が立っていた。
その「クルエルダード」が、男を見る目も、およそ同じ人間を見る目ではなかった。
「しかし、あれほどの力を持つ貴様だ。まさか、負けることはあるまい?」
男はやっと、嫌な予感を感じたが、既に遅かった。
「さて。やってみませんことには、何とも……」
「……ふむ。景気づけに、今一度、此処で見せてくれんか?」
「構いませんが、今日はもう戦えなくなります。……よろしいですか?」
「構わん」
御簾の奥の声がそう言った瞬間、男は急に、積み荷を満載にした荷馬車を投げ渡されたかのごとき重量に、頭上から圧し潰された。
突然の超負荷に耐え切れず、瞬時に足の骨が折れ、背骨が折れ、首の骨が拉げた男は、血を吐いて事切れた。
本来の体積より小さく圧縮された男の死体からは血が溢れ出し、じわじわと床を汚し始めていた。
御簾の奥から、呵々と笑う声が響いた。
「相変わらず見事なものよ。床が汚れるのが玉に瑕ではあるがな。……貴様を得たのは望外の幸運であった」
クルエルダードと呼ばれた男は口元に皮肉な笑みを浮かべながら、慇懃に頭を下げて見せた。
「……では、ガルムよ。改めて今後について相談したいのだがな?」
「は。ご随意にご命令下さい。全て承ります」
「ほう?それは殊勝な事だ」
その応えと共に、御簾の奥で楽し気な笑い声が響いたのであった。
☆
それからしばらくして、ガルムが貴族街の邸宅を出て行った。
謁見の間替わりに利用している、その大きな部屋の中央に垂れ下がっていた御簾があげられ、恰幅の良い男が姿を現した。
「……ヤレヤレ、もう少し使えると思っていたのだがな」
「いえいえ。彼らは恐ろしい組織ですよ。ゼクストフィール王国中に支部がありますし、よほどの大貴族でなければ対抗できないでしょう」
恰幅の良い男は、クルエルダードの返答に片方の眉を吊り上げた。
「そうは言うが、たかだか一人の冒険者ごときに、あっさり支部一つ潰されておるではないか?」
「それこそが『魔法使い』の異質さの証明でしょうね」
恰幅の良い男は一つ頷いて、クルエルダードに説明を促した。
「彼らのような犯罪組織の恐ろしさは、一言で言えば人海戦術です。昼も夜もなく、常に自宅、関係先、身内、友人、知人を狙われ続ければ、アドリアーノ公のように私的に十分な兵力をお持ちの大貴族でもない限り、なかなか対抗できません」
クルエルダードは無表情に淡々と言葉を続ける。
「ですが、魔法使いが相手となると話が違うのです」
「どう違うというのだ?」
思わず、恰幅の良い男、アドリアーノ公が口を挟んだ。
「通常の対応が役に立たないからです。もちろん、魔法使いと言えども、人間ですから普通に眠りますし飯も食います。犯罪組織に狙われた時の弱点は共通する部分も多いでしょう。ですが、例えば件の魔法使いに対し、大人数で包囲する、という手段は全く意味がありません。飛んで逃げることが出来るからです」
クルエルダードの言葉に、アドリアーノ公が納得気に頷く。
「他にも、持っている魔法次第では通常では有効な戦力が無意味になるのです。そしてそれは、魔法使いが攻撃に回った際にも言えます。通常であれば圧倒的防御力を誇る兵力も城壁も、意味をなさなくなる可能性すらあるのです」
「……それでは、このワシとて安心出来んではないか」
アドリアーノ公は、不満げに呟く。
それに対し、クルエルダード軽く胸を逸らし、得意げに口元を歪めた。
「通常であればそうですが、アドリアーノ公には魔法使いがついて居りますので、話は全く違ってきます」
「成る程。自信はあるという事だな」
そのアドリアーノ公の言葉に、クルエルダードは「フッ」と、軽く鼻で笑って応じた。それは、通常であれば到底、許されない不敬な態度だったが、アドリアーノ公は何も言わなかった。
「……だが、それならばこちらも魔法使いを多く揃えれば良いではないか?貴様の言う事が正しいのであれば、魔法石を集め、兵共に次々と魔法石を触らせて、魔法使いの才能がある者を探しだし、訓練すればよいのではないか?」
アドリアーノ公のその言葉に対し、クルエルダードは首を横に振った。
「残念ながら、そう簡単にはゆかぬのですよ。そもそも、魔法石を集める事が既に、相当に難しい。魔法使いではない者にとっては不可能に近いのです」
そう言ったクルエルダードを、アドリアーノ公は疑わしそうに、半眼で睨め付けるのであった。
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月~土曜日は毎日1話ずつ、日曜日に3話のペースで更新予定です。
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次回予定「作戦会議2」
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