エリザベスの友達
67 エリザベスの友達
その日、珍しくエリザベスは一人で街に出た。目的は、久しぶりに友達と会うためだ。
気の合う友達だったが、彼女達は平民であり、一応、貴族の端くれであるエリザベスとは生活のリズムが違うため、そういつもいつも、会えるわけではなかった。
しかも、最近ではエリザベスの環境も激変し、結婚騒動以来、会うのは初めてだった。
半年以上分の積もる話もあり、エリザベスは大いに楽しみにしていた。
何しろ、話題には本当に不自由しない。昨日の夜だって、留守にしていた訳でもないのに屋敷に泥棒が入り込んだのだ。
当然、ケルに見つかり、ギルに捕まり、死ぬほど締め上げられて、何度も泡を吹いたあと、泥棒は目的を白状した。
泥棒の目的は魔法石だった。盗ってくれば高値で買い取るという依頼を受けたと言うが、依頼人の素性は知らないと言い張った。
ギルが念入りに拷も……問い質したので多分、嘘ではないのだろう。
そんな事情もあり、今日、ギルは今までに彼方此方から届いた手紙と、昨夜の泥棒と一緒に、ブリュンヒルデを訪ねて領主の城に行っている。
その事を考えると、多少、落ち着かなくなるものの、エリザベスはあえて心の片隅に押しやり、努めて考えない様にしていた。
「エリー!久しぶり、元気だった!?」
エリザベスが平民街の目抜き通りを進み、中央広場に到着するや否や、懐かしい声がした。
「クリス!モニカ!久しぶりねっ♪」
エリザベスの二人の友人達は、満面の笑みを見せながら駆け寄って来て、一人がエリザベスを抱きしめ、もう一人がそんな二人ごと抱きすくめた。
しばらくそうしていた三人は、ようやくお互いを解放すると、早速、屋台を巡りながら、会えなかった期間の情報交換に勤しんだ。
と言っても、今回はどうしても八割がた、エリザベスがクリスとモニカの質問に答える形になった。
二人の話が聞きたくてエリザベスが水を向けようとしても、すぐに引き戻され、エリザベス自身の話題になってしまうのだ。
それでも、二人との交流はエリザベスの心を満たしていった。
「……にしてもエリーってば!ギルバート君は弟みたいだって、散々言ってたくせにねぇ♪」
「そうね。どうせお金持ちのお爺さんのところにお嫁に行かされるんだわ、ってあんなに言ってたのにねぇ♪」
クリスとモニカが大方の事情を聞き出したあと、揶揄うとも感心するともつかない様子で言い、大きく息をついた。
「嘘じゃないわよ?本当にそう思っていたわ。そういう意味では強引に婚約話を進めようとしてくれたモータル子爵に少しは感謝してるわ。他の人だったら、家出まではしなかったかもしれないもの……」
もし、そうなっていたら、いくらギルが魔法使いになったとしても、結婚できなかったかもしれない。
「それでちゃっかり初恋の男をゲットしたと思ったら、その男が魔法使いでしたって?」
「エリーってば、相変わらず強運にもほどがあるわね!」
「ほんと。どうして私達には初恋の幼馴染が居ないのかしら?いいえ、贅沢は言わないわ!初恋でなくても幼なじみでなくても、イケメンならそれで充分なのに!」
「ねー。私達だってエリーに負けないくらい可愛いし、スタイルだって良いと思うわ!」
だんだん、クリスとモニカの熱が違う方向に向かいだした。
エリザベスは何と言って良いか、ちょっと困ってしまった。「きっと見つかるよ」と言えば、上から目線だし「さぁ?」などという冷たい返事は出来ない。かと言って、「そうね、幸運だったわ」と認めるのも自慢になる。
とは言え、それはちょっとした愚痴であり、くだらない友人同士のノリなのだが、友情とは大抵、ちょっとしたくだらない事が原因でヒビが入るものだ、とお母様も言っていた。
つまり、今、エリザベスは友情の危機を迎えている事になる。
「……ク、クリスもモニカも凄く可愛くて綺麗だわ♪ギルが居なければ、わたしが二人と結婚したいもの!」
考えあぐねた結果、エリザベスはとにかくクリスとモニカが好きなのだ、と言う気持ちを言葉にする。
多少あざとい言葉でも、エリザベスの気持ちは伝わったのか、クリスもモニカも仕方がないわね、という顔で変なテンションを放棄した。
そんな感じでエリザベスは友情の危機をなんとか回避した。
そして、ようやくいつもの三人に戻り、中央広場や目抜き通りをそぞろ歩いている時、事件は起きた。
三人が焼き菓子を買おうと、屋台に立ち寄った時、「自分が奢る」と言ってエリザベスが小金が入れてある小さな巾着袋を取り出した。
だが、巾着袋の紐を緩める暇もなく、エリザベスは突然、突き飛ばされた。
さすがに、無様に倒れたりはしなかったが、多少はよろめき、体勢を立て直したときにはエリザベスは巾着袋を持っていなかった。
ようやく盗られた事に気づき、周囲を見渡すと、既に男が走り去ろうとしているところだった。
エリザベスは一瞬、迷ったが、瞬時に諦めることを選んだ。
直接、戦って勝てるような力はエリザベスにはないし、今は当然、弓も持って来ていない。
『……どうする、エリー、追うか?』
ケルが近くで待機してくれているらしく、念話が届いたが、エリザベスは小さくかぶりを振った。
……いいえ、たいして入ってないから良いわ
『了解だ』
ケルの力は自分達のパーティの極秘事項だ。事情によっては隠せない場合もあるかもしれないが、それは今ではないとエリザベスは判断した。
そして自分の不甲斐なさに、少し落ち込んだ。
……わたしももう、素人じゃないんだから、スリなんかにやられてちゃ、だめじゃないの
「大丈夫?エリー、怪我はない?」
「私達も、ちょっと注意不足だったわね」
「平気。ごめんね、せっかく楽しくしてたのに……」
「良いわよ、エリー、気にしないで」
「そうよ、エリーが悪いんじゃないわ」
肩を落とすエリザベスをクリスとモニカが慰めていると、三人に近づいて来る人物がいた。
「……君たち、そう、君たちだ。今、スリにやられただろう?」
「……そうですけど?」
三人が警戒すると、その人物が小さく笑った。
その人物は長身痩躯の若い男で、銀色の長髪に青い瞳。あまり気負ったところのないその笑顔は、輝くばかりの超美形だった。
「っ!」
「!?」
「……っ!」
「はい、これ、丁度、オレの前を通ったんで足をかけて取り返してきたよ」
そういうと、男は巾着袋を差し出した。クリスとモニカが受け取らずにエリザベスを見るので、男はエリザベスに向って巾着袋を差し出す。
「はい。君のかな?」
「ど、どうも、ありがとうございました」
「気にしないで、じゃあね♪」
男はそう言うと、軽い足取りで去っていった。
「「か、かっこいい~~~~~~~っ♪」」
クリスとモニカが異口同音にそう言ったが、それはこの場に居合わせた者達の共通の感想でもあった。
「……確かに、随分スマートな人だったわね!」
エリザベスはエリザベスで、物凄く感心していた。
それは、無様に巾着袋を掏られた自分とは対照的であり、お手本にしたいような見事な行動だったからだ。
「……いずれはわたしも、あんな風にスマートに事を収めたいわね!」
エリザベスは、かっこよくスマートに賊を捌いて取り押さえる自分を夢想し、軽く胸を膨らませるのであった。
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月~土曜日は毎日1話ずつ、日曜日に3話のペースで更新予定です。
楽しんでもらえると嬉しいです。ありがとうございました。
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次回予定「実験2」
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