ダンジョン
57 ダンジョン
その洞窟は、大巨人がスコップで、無造作に山を刳り貫いたかのようで、壁も天井も土の層がむき出しで、いかにも脆く危うい感じだった。
そして今、その洞窟では一本の松明が、何もない宙空にポツンと浮かび、その真っ暗な洞窟の中の様子を照らしだしている。
壁や天井のところどころから、木の根っこが飛び出しており、行動が阻害される。
ところが足元は、と見てみれば、割合凹凸の少ない岩肌の地面であり、左右の土の壁の下部に、地面の岩肌がギザギザに食い込むような模様を作っていた。
「……はぁ~、これがダンジョンなのね」
「なんというか、普通の洞窟だな」
『このダンジョンは生れてから然程、月日が経っておらんと言う話だしな』
その洞窟……ダンジョンを一組の男女と、一抱えもありそうな大型の鳥がゆっくりと進んでいた。
人間の男女は、少年少女を脱しつつある年頃であり、短めで濃い茶色の髪の少年と、癖毛で朱色の長い髪の少女。そして大型の鳥は真っ黒の羽毛に覆われており、頭に奇抜な飾り羽があった。
魔法使いで冒険者のギルバートとその妻のエリー、それに鳥型魔獣に憑依した大魔法使いのケルは今、パーティ結成後、初めてのダンジョンアタックを敢行していたのだった。
☆
時は少し遡り、ギルバートとエリーが久しぶりに実家を訪った直後。
ギルバートとエリー、それにケルは、自宅である元・廃屋敷の寝室で、今後の活動方針についての作戦会議を行っていた。
買ったばかりの元・廃屋敷はまだ家具や調度品など、足りない物だらけだったが、屋根も外壁も内壁も床も、家の隅から隅に至るまで、ギルバートが「集塵」の魔法で汚れを引っぺがしたおかげで、平民街の裏路地という立地にはまずあり得ない、新築のような輝きを放っていた。
ただ、生れて初めて自分達で苦労して稼いだお金で買った、愛着ある我が家だったが、ギルバートは既に一つの不満を持っていた。
それは庭が無い事だ。
ギルバートもエリーも、実家に居る時から襤褸家住まいだったが、腐っても貴族と言うべきか、家の裏には小さいながら、そこそこ動ける庭があった。
庭が有れば毎朝の鍛錬が捗る。屋敷から離れた場所、例えば平民街と貴族街の境を流れる川の川縁などで鍛錬することも可能ではあるが、ギルバートは基本的に、あまりエリーから離れたくない。
もちろんそれは、独占欲や嫉妬心などの恋愛感情が原因ではない。そういうものをギルバートも当然、相応に抱えてはいるが、今の場合は単純に安全の為だ。
モータル子爵のような危ない敵対者が、他にも居る可能性は大いにあるからだ。
自力で拠点を得たことには感無量だったギルバートだが、毎朝の鍛錬を現在、家の前の細い道で行わざるを得ず、非常に動きづらい上に、周囲に迷惑をかけていそうなのが気がかりになっていた。
「結構、貯まってたお金も、家を買って残り少ないし、色々欲しいもの、足りないものもある。バラバラに行動したくないからそれぞれ希望を挙げて、優先順位をつけて、一つずつ手に入れていきたいと思うんだけど、どう思う?」
「賛成。欲しいもの、たくさんあるよ~♪」
『某が欲しいのは日々の食事と魔法石のみだが、作戦会議をするに吝かではないぞ』
ギルバートの提案をエリーとケルが受け入れ、即時、作戦会議が始まった。
まずエリーの希望した物は、おいしいご飯、おいしいお菓子、可愛い服、可愛い小物、可愛い家具、可愛い調度品、などなど、生活周りの品々だった。
これは、稼いだ金額から生活費を除き、残りをギルバートとエリーで半々に分けて管理することにして、共用物は生活費、個人的な物は自費を使って、エリーに自由に買ってもらう事になった。
「ケルは収入を分けなくて、本当に良いのか?」
『左様。某の希望は先にも言った通りゆえ、金は必要ない。ギルとエリーが好きに使ってくれると良い』
「わかった。でも何か欲しいものが出来たら、その時は言ってくれよ?」
『了解した』
「じゃあ、ギルが欲しいのは?」
エリーが合いの手を入れてくれたので、ギルバートは一つ頷いた。
「オレも欲しいものはたくさんあるけど、急ぎで欲しいのは二つ、魔法石と訓練できる庭だ」
「魔法石は分かるけど、庭は……」
さすがに予想していなかったらしく、エリーが口ごもる。
実際、庭だけ買ってもギルバートの希望は叶わないし、そもそも庭だけで売ってないだろうし、仮令、売ってたとしても今はとてもそんなお金がないので、エリーのその反応は仕方がなかった。
「もちろん、急ぎと言ったけど、庭については出来るだけ早く、で良いんだ。一応、考えている事もある。それより、緊急に必要なのは『念動』の魔法石。あと、出来れば『念話』の魔法石も欲しい」
『成る程』
ケルは軽く頷いたが、エリーが頭に疑問符を浮かべているので、ギルが説明する。
一つ、ケルがギルバートから分離して鳥型魔獣の身体に移ったため、ケルが憑依していた魔法石に封じられていた「憑依」「調伏」「念動」「念話」の四つの魔法が使えなくなった事。
一つ、「念動」魔法の使い勝手の良さ。使い慣れて来ていたし、あまり器用ではないギルバートには即応力の高い、頼れる魔法石だった事。
一つ、現状でも概ね問題はないが、ケルが居ないとギルバートとエリーの間で念話が出来ない事。限定的な状況だが、ギルバートとエリーだけの状態で念話が必要な事もあるかもしれない。
「……という訳で、出来るだけ早く、獲りに行きたいんだ」
「うん、そう言う事なら最優先で行こうよ♪」
エリーが即座に頷いてくれる。ギルバートの心がじんわりと温かくなった。
もちろんエリーにも関係がある事ではあるのだが、エリーは疑問を呈する事はあっても、ギルバートを否定する事は滅多にしない。それがとても嬉しいのだ。
ギルバートも別に、イエスマンが欲しい訳ではないが、好きな女が常に自分を肯定してくれる事は、ギルバートにとって無上の喜びだった。
やる気が漲ってきたギルバートはケルに助言を乞うた。
「……てことで、ケル、明日から、オレとケルの必要な魔法石を、交互に獲りに行く感じで行けば良いんじゃないかと思うんだが、どう?」
鳥型魔獣は顎付近に翼の先端を当て、ユーモラスな姿で、少し黙考した。
『……いや、ギルよ。別に交互に、とは決めなくて良いと思うぞ。必要の都合、獲れるタイミング、様々な条件を都度、勘案し決定すれば良い。仮令、ギルの魔法石が続くようなことがあっても某は構わんよ』
「……ケル、念のため聞くけど、遠慮とか、してないよな?」
あまりに無欲なケルに、さすがにギルバートは戸惑いを隠せなかった。
『はっはっは、無論だギルよ。要らぬ心配だ』
含むところのないケルの返答を聞いて、ギルバートも少しホッとした。
……まあ、ケルは人間時代から数えると、多分、百歳前後だろうからな
……年の功というか、若造には分からない境地があるのかもしれん
ギルバートは多少、納得がいった。そして、そういう考えがケルに漏れなくなった事にホッとしつつも、若干、ケルとの距離が開いたように感じてもいたのだった。
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本日、2話目です。念のため
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次回予定「ダンジョン2」
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