25『赤い瞳』
「行くぞ──3、2、1!」
「「っ──!」」
直人とカンジの2人は、同時に息を鋭く吸い込む。
そしてわずか1秒後、足元に未知のエネルギーが与えられ、そのエネルギーによって2人は大気を貫くかのように飛び上がった。
目指すのは、遥か上の巨女の頭部。直人は金の林檎、カンジは脳天だ。
彼らの胸の内に支配するものは、恐怖ではなく希望。巨女が倒された後の未来を、彼らは暗い空に見出している。
成功するかしないかは五分五分で、死んでしまう確率も0パーセントではない。
しかし、悪い想像ばかりしていても、前には進めないのも事実だ。2人はそれを承知した上で、希望に向かっている。
2人の間に会話はなかった。しかし、壁を乗り越えた彼らは友情という絆で結ばれている。
何も言わずともお互いの想いを伝え合う。
──同時にやろうぜ。
──おうよ。死んだら承知しねえかっな。
お互いの拳をぶつけ合い、その反動でそれぞれの配置に移動する。
直人は持った剣を構え、金の林檎の前に。カンジは刀を構え、エリスの眉間前に。
エリスは気づいているが、まだ対応できていないようだ。やはり、体が大きいと動きが鈍い。
2人は同時にそれぞれの武器を引き、全く同じ速度で風を貫いた。
そしてそれぞれの鋼は、同時に目の前の物質に触れる。
ゴッ、という音とともに物質は鋼に貫かれ、勢いよく液体を吹き出した。
リンゴを貫いた感触は、意外とあっさりしたモノだった。
溢れ出した甘美な汁が大量に直人の体に降り掛かったが、その汁はリンゴが萎れたと同時に蒸発し消えた。
あっという間に灰色になってしまった金のリンゴは、もうあの輝きを一切備えていない。
そして直人にある実感が芽生えてきた。
もしかしたら──。
「カンジっ!」
落下する体のバランスを保ちながら親友のいるはずの左横を振り向き、その存在を目視する。
彼は直人に呼ばれたことに気がついたのか、目を合わせてにかっと笑う。
その体には尋常ではない量の血がへばりついているが、痛そうにしている様子はないので彼の血ではないだろう。
ひとまず、カンジと話すためには地に足をついた状態にしなければ。
体を急速に降下させる重力に抗うことはせず、足の裏が石畳に着くのを待つ。
「アエラズ・エパナスタシー」
弓隊から呪文が発せられ、もう少しで着地という直人達の足元に魔法陣が展開する。
大勢で魔法を使ったときにだけ現れる魔法陣だ。
「わっ」
その魔法陣から激しい風が巻き起こり、落下する直人達を上昇方向へ押し返す。
風は徐々に弱まっていくと、直人達を地面に下ろして遂に止んだ。
「ナオトぉっ!」
「わぷっ」
地に戻るや否や抱きついてきたカンジを諫め、肘を見せる。
それだけでやろうとしていることを分かってくれたようだ。
お互いの肘をぶつけ合い、手を握って勝利を祝う。
「というかお前、血塗れ過ぎて誰かわかんなくなってるって」
「お? そうかぁ? じゃぁ、着替えてくっか。確かに、鉄臭え気もするからなぁ」
「そうしな。俺は、団長にもろもろ報告してくるよ」
勝利の挨拶はあっという間に終わり、手を振って一旦相棒とは別れる。
相棒の姿が人混みに消えるのを確認して、直人は近くに気配を感じていた団長に目を向けた。
偉丈夫はイカツイ顔ににこりと笑みを浮かべると、右腕を軽くこちらに向けて振ってきた。
「団長!」
「おう。ナオト、やったな」
「はい! やりました!」
「今日は宴だ! 今日一番の功労者はお前なんだから、腹の覚悟しとけよ」
「はい! 胃は空けときます!」
右手を挙げて敬礼し、団長から離れる。
すると突然、周りから歓声が上がった。
「ナオト! お前はすごいやつだ!」
「かっこいいぜ!」
「ありがとうよ!」
騎士の街の仲間達だ。彼らは口々に直人を称賛し、しまいには追突するように直人に抱きついてくる。
「ちょ! 止めて! 止めてくださいよぉっ」
「せーの!」
直人は必死で抵抗するも最終的には持ち上げられてしまい、汗臭い男達の上で転がされながら何処かへと運ばれる。
回転する視界でカンジが向かった方向を見ると、同じようにカンジも胴上げされており、直人は思わず吹き出してしまった。
たまにはこういうのもいいかもしれないな、と思いつつそれでも考えずにはいられない。
──ここに明日香もいてくれたらよかったのに。
わいわいと人々が騒ぐ中、騎士の街の処理班がエリスの死体を処分していた。
処理班の一人、ハリスはエリスの頭部を見つめた。
損傷が酷く目も開けられないほどだったが、かろうじて残っていた彼女の赤い瞳が気になったのだ。
「──おかしいな。さっき見たときは確か……」
しばらく眺めていると、その赤い瞳がほのかに発光し青色に変化した。
ハリスは驚いて目を擦るが、その瞳が再び赤になることはなかった。




