3『剣を振る理由』
それから2ヶ月が経って、直人も随分と剣が上手くなった。
まだまだマスターや歴戦の騎士達には遠く及ばないが、直人の不断の努力によって、唯一無二の相棒であるカンジとある程度やり合えるようにはなった。
「今日で何回目だったか?」
「83回目だぜ。戦歴は、お前の45勝37敗だ。最近はずっと俺が勝ってるから今回も勝たせてもらおうかな」
「はっ。よく言うぜ。なんだかんだ言っていつもギリギリじゃねえか。俺ァ、オメエの為に手ェ抜いてやってんだぜ。……今日は勝たしてもらおうかァ」
カンジの声色が変わると、2人の間に流れる空気も変わる。
お互いに木剣を構え直し、これから始まる闘いの用意を整える。
そして、目を真っ直ぐに合わせ、息を詰めるだけでお互いの心は通じ、合図もなしに83回目の模擬戦は始まった。
「はっ──!」
それから木剣がぶつかり合い、心地のいい音を鳴らすと──、
「はぁーっ、負けた負けた。……お前、本当に強くなったな」
「だろ?」
双方地面に倒れこみながら、直人は賞賛の声を受ける。
2人のいつもの闘いは、直人の勝利で終わった。これで、直人の38勝45敗だ。カンジに追いつく日もそう遠くないかもしれない。
「じゃ、いつも通りあっこで飯食いに行こうぜェ」
「ああ。行くかっ」
いつも通り直人とカンジは汗を垂らしたまま、行きつけの定食屋に向かうのであった。
「お前さあ、そんなに強くなってどうするんだ?」
お茶をすすりながら、そんなことを聞かれる。
まさか、カンジの口からそんな言葉が飛び出るとは思わなかった。
仲がいいとはいえ、直人の内情に対しては無頓着なカンジは今まで、直人が剣を振る理由なんぞ、聞いてこなかった。
しかし、直人はそれが別に嫌ではなかったので、正直に答える。
「俺は、守れなかったことを後悔して、剣を振ってる」
「……っどういうこったァ?」
「まあ、特に理由はないってこと」
眉を歪めながら自らの茶髪を掻くカンジは、まだ解せぬような顔をしていたが、もともと頭が回る方ではないので、考えるのを諦めたようだ。
すぐにこの話をやめ、別の話を展開する。
「そんなこったァ別にいいんだったな……。ところでよォ、お前、明日、暇か?」
「明日は、いつも通り修練した後は何の予定もないけど……。何で?」
何でとは、何でわざわざそれを聞くのかの意だ。
カンジは、いつも直人が修練の後、暇なことを知っているはず。
「別に。暇ならいいンだ」
「ふうん?」
怪しい態度だが、掘り下げる理由はないのでそれ以上は聞かない。
それからしばらく食べて飲んでを繰り返していると、いつの間にか夜も更けていた。
「帰ろう。もう、寮の門限が……」
「あ、あァ。そうだな……。ウッ」
カンジは食べ過ぎたのか、口と腹を押さえて苦しそうにしている。
因みに、この世界での飲酒可能年齢は20歳からなので、16歳である2人は酒を飲むことが出来ない。
まあ、飲めたとしても直人自身は飲むつもりはないのだが──。
「ほら、行こうぜっ」
なかなかその場から動けないカンジの手を引いて寮に戻る。
早く寮に戻らなければ、門限を過ぎて罰則を受けてしまう。
罰則というのは直人にとってそう厳しくないのだが、カンジは嫌がるに違いない。
そうして直人達ふたりは急いで寮に戻った。
「カンジあいつ、罰則があるからってふつーサボるか……?」
あの夜、急いで戻ったのも空しく、寮の門限を少し過ぎてしまい、直人達は罰則を受けることになった。
にも関わらず、この修練場にカンジの姿は見えない。
まあ、確かに分からなくもないのだ。カンジの気持ちは。
門限破りの罰則は、修練時間の延長だ。直人は別に延びようが別に気にしないのだが──むしろ、練習時間が増えて喜ぶぐらいだ──、カンジはそうでない。
だから、カンジは延長が嫌で今日の修練を休んだに違いない、と直人推測を立てていた。
それにしても、ひとりでの修練は久し振りなので少し寂しい。
明るいカンジがいれば修練の辛さも忘れることが出来たのだが……。
「たまには集中するのもいいかもな」
いつものように横から聞こえてくる声がないことに、ひどい孤独感を感じながら、直人はひたすら剣を振った。
「た、大変だっ──!」
そんな直人の孤独感は、この声によって一変する。
声の主は、重装備の男性だ。知らない顔なので、別のギルドの人なのだろう。
それに対し、一番近かった人が事情を聞く。
「どうなさったんですか?」
「あいつらが……!武士が攻めて来たんです!」
「えっ!?」
その場には混乱が生じる。中には動揺して剣を落としたり、叫んだりする者もいた。
「急げ!戦争だっ!」
修練をしていたのにも関わらず、初めての実践でテンションが上がっているのか、皆修練場から飛び出して行く。
「ほら、兄ちゃんも行くぞっ」
直人は背後から背中を叩かれ仕方なく、後ろ髪引かれる思いを抱えながらも、戦場に向かった。
──怒号が聞こえる。
戦場に辿り着いたはいいものの、熱に押されてしまっている自分がそこにはいた。
聞こえる罵声は全て規制音が入りそうなほど汚い。
故に、直人はその中に混じる事は出来なかった。
見ればすでに、こちらにも被害が出ている。向こうもそれなりなはずだ。
直人はもちろんのこと人を殺した事はないし、傷つけたことさえもない。
今直人が出来ることは、戦場から離れた所で、敵味方双方の被害が最小限に留まることを祈るのみだ。
息を詰めながら、建物の隙間で様子を見守る。
騎士、つまり直人の仲間側は、鎧でガッチリと固めている者や、直人と同じように軽くて動きやすい騎士服を着ている者もいる。
武士の方も、そんん感じだ。日本史の資料で見たような鎧を着ていたり、忍者のような格好をしていたり、馬に乗っている者もいる。
ちなみに直人は、武士の格好の方がかっこいいと思っていなくもない。
「俺があそこに入ったら、直ぐに斬られるだろうなあ……」
直人の服装は、あの硬そうな鎧ではない。少し厚みのある赤い騎士服だ。
あの斬れ味の良さそうな刀で斬られたら一発に違いない。
「あれ……?」
そう観察し続けていると、ある男の顔で直人の目が止まった。
眼に映る殆どが黒髪なので、その男の茶髪が目立ったのだ。そして、直人の中での茶髪はただ1人。
「カンジ……?」
あの、直人の見知った元気な友人に違いなかった。




