2『疾風迅雷』
「ようこそ、我等がギルド、銀翼の天使へ」
街のある程度の見学を終えてようやく、街の中央にあったギルドに赴くと、既視感のある女性に迎えられた。
──ああ、あのお姉さんだ。
声色が違ったので気付きにくかったが、この顔は先程ぶつかったお姉さんに違いない。
お姉さんもそれに気が付いたようだ。
「あら、先程の……」
私はお姉さんのいるカウンターに近づきながら返事をする。
「はい。子供達には追いつきました?」
「いえ……。あのまま逃げられてしまって」
「ごめんなさい、私のせいですね。……ところで、なんであの子達を追っていたんですか?」
私が聞くと、お姉さんは苦笑いをした。
「あの子達、いつもどこかの露店で盗みを働くんです。盗んだ分の商品のお金は私たちギルドから出す事になるので、困ってるんですよ」
「へえ。それはやんちゃなガキがいたもんですね。何故ギルドが払うんです?」
「ギルドは、街の孤児院もやってるんです。何しろ、小さな街ですから……」
──孤児院、か。
あの銀髪の少女も、孤児なのだろうか。
少し、ほんの少し、彼女に会ってみたい、と私は思った。
「ところで、ここに来たってことは、ギルド登録ですよね?」
「あ、はい」
私がそう言うと、お姉さんは頷いてカウンターの中から一枚の紙を取り出した。
「これに、手を当てて下さい」
言われて、紙の上に手のひらを置くと、紙に文字が浮かび上がって来た。
それにしても、字が読めない。
確か、女神は言語理解は出来る、とか言っていたような気がするのだが、手違いがあったらしい。
「あ、読めないですよね?大丈夫です。私達が読めれば、後は特に意味は成しませんし、文字の読み書きは後から私達ギルドが責任を持って、お教えしますから」
お姉さんは私が読めないことに気が付いているらしいが、何故なのか。
普通なら、何故この歳になって読めないのかとか聞いてくるはずなのに。
「私がこう言うと、皆さんそう言う顔をなさるんですよ。まあ、無理もないですよね。私達の常識はあなた方の常識ではないのですから」
どうやら、相当に訝しむ顔を私はしていたらしい。
そして、彼女は当然のようにこう述べた。
「申し遅れました。私、転生者専門ギルド、銀翼の天使受付嬢のリナン・ビオテルフと申します」
リナンの説明によると、この街にはたまに転生者や転移者が現れ、その人達をサポートする為に、このギルドはあるらしい。それはこの街も同様で、始まりの街という名も、転生者や転移者の人生がここから始まる、という意味だと伝えられている、とのこと。
つまり、この世界で転生、転移者である事を隠す必要はないという事なのだが……。
「何故、転生や転移が認知されてるんだろう……?」
一応、女神からある程度この世界についてレクチャーを受けたのだが、この話は聞かなかった。
聞いたのは、話が通じるという事と、魔法ありの世界であるという事だけ。
後はこの世界に着いてからと言われたのだが、あれ以来、女神との会話は出来ていない。
「書きましたよ。お名前は、ナツメさん、でよろしいですね?」
「はい。ナツメ、で」
リナンは羽ペンを置くと、紙を持ってカウンターを離れた。
「すぐに戻ってくるので少し待っていて下さい」
リナンを待ちながら、私は物思いに耽る。
魔法ありの世界という事は、私も魔法が使えるはずだ。
小さくなってしまった手のひらを眺めて思う。女神は、私にはチート能力を付与した、と言っていた。しかし今だに、力が漲るような、すごい力が使えるような予感はしない。
手のひらを見つめながら掲げて反り腰になると、悪い予感が私の脳内をよぎった。
手のひらの向こうで天井が動き出すと、頭に衝撃が走った。
何が起こったのか分からずに、目を回して地面に倒れていると、リナンがやって来て、私を心配そうに見下ろしながら、
「大丈夫ですか?」
と言った。
「えっと。……ここかな?」
椅子から落っこちたあの後、リナンから頼み事をされて、私は今街の路地裏に来ている。
やっと頭の痛みが治まって来たのだが、まさか椅子に背もたれがないだなんて……。
痛みの引いた頭部を触りながら、リナンのお願いを振り返る。
「これを、ルイ……あの女の子に持って行ってもらえませんか?」
そう渡されたのは、白い紙切れだった。
あの女の子というのは、ぶつかりかけた銀髪の女の子の事で、その白い紙切れには地図が描かれていた。
その地図というのが私をここに案内する為の物である上に、裏には何も書かれていないので、女の子に渡す意味が理解出来ず戸惑っていると、
「行って渡せば分かりますよ」
と、押し切られてしまった。
なので取り敢えず路地裏に来たのはいいのだが……。
「誰もいない……」
その路地裏には人影どころか物影もなかった。
ひとまず、この先に何かがあるかもしれないので、見回しながら路地裏を進む。
道幅が狭い訳ではないが、壁が高いせいか圧迫感が強い。
──単に自分が小さくなってしまっただけなのかも知れないが。
「ごめんくださーい」
小さな声で、ここには居ない誰かに呼びかけてみる。
すると、耳元で風切り音がし、あの銀髪が私の瞳の中で輝いた。
「なあに、なの?」
どこからともなく現れた少女は、美しい銀髪を風で揺らしながら、黄色い瞳で私を見つめていた。
──頭に小さなツノを携えて。