1『転生転移と銀髪少女』
「わっ」
今日はいつも以上に疲労困憊していたせいか、運悪く家の階段で滑り落ちてしまった。
階段は私の体を留めさせることなく、転がしていく。
痛い。全身が痣だらけになりそうだ。
自殺しようとは思っていたが、流石に家の中で転んで出来た痣とは言えない。
言ったらあいつに馬鹿にされそうだ。
意外と長い回転時間を経て私は、階段の終わりに待ち構える壁に追突する。
目から星が出そうな程の激痛が体を巡り、私は意識を失った。
どうやら、意外と私の体というやつは、自分が思っているより弱いらしい。
先程の衝撃のせいか、おかしなものが見える。
しかしいくら目を擦っても、目に映る美しい女性と背景の草原は消えない。
──おかしい。
幻覚にしては、やたらはっきりと見えるし、輪郭もぼやぼやしていない。
目を凝らして彼女を見つめていると、表情が急に変わった。
「いやですね〜。美しい女性だなんてっ。こっちが恥ずかしくなっちゃうじゃないですか!」
絵だと思っていたのに急に喋りだした。
──私の妄想、こんなに酷かったっけ……?
「もう!いくら私が美しいからって、私は絵じゃありませんよ!立派な、女神様です!」
「女神、様……?」
私が首を傾げると、彼女は腕を動かして腰に当て、胸を張った。
「そうです!私は偉大な女神様です!」
「ええ」
そんな風に言われると、余計信用し難くなる。但し、見た目が女神っぽいのは素直に認めなければなるまい。
よく見ずとも、この女性は厳かなオーラを身体中から放っていることがわかる。
「信じてくれましたか?」
「……それより、ここは何処です?夢の中ですよね?」
夢でこう言う風に鮮明に誰かと会話をするのは初めてだが、夢以外の原因が思い当たらない。
まさか寝ている間に草原に連れて来させられたわけじゃあるまいし。
「まあ、夢、と言う表現もあながち間違ってはいませんね……。でも、どちらかと言うと、現実です。目覚めて戻る場所は寝た場所とはまた違うのですから」
「ふん?」
「まあ、場所はあまり気にしなくて良いです。知っても別に得する事はありませんから。それより、あなたのこれからの話をしましょう。とても大事な話です」
「大事な話?」
──まるで、病気の宣告を受けるみたいだ。双方座り、向かい合っている。
女神は静かに口を開くと、思いもよらぬ言葉を私に向かって言った。
「……夏目明日香さん。これから、あなたは別の世界に行きます」
「うわあ……!」
突然現れた光景に、私は思わず吐息を漏らす。
一切雲のない青空と、遠くに見える洋風の建物群が、いかにも異世界然としていて、私は本当に異世界に来てしまったんだ、という気にさせられる。
今も、これが現実だと簡単には信じられない。
『……夏目さん、聞こえますか?』
「聞こえますよー」
頭の中で、先程別れたばかりの、女神の声が響く。
女神によると、この電話のような機能も、この異世界に来るにあたっての特典のひとつだと言う。
因みに、電話の様と言っても、女神以外とは対話が出来ないらしい。
『では、この遺跡から離れて街に向かって下さい。真っ直ぐなので、説明は要らないですよね?』
「了解でーす」
足の裏に力を入れ、白い床を蹴る。
不思議な形をした建造物を出ると、サクっという音と共に澄んだ空気の匂いが漂う。
さらりと風が吹くと、私の短くなった髪が揺れ、草を舞い上げる。
──今日から、私の新しい人生が始まる。
『ここは、西の始まりの街です。確か、大きいギルドがありましたから、そこで登録して下さい』
「登録、ですか」
『住民登録みたいなものですよ』
意外と遺跡から近かった街は、これも意外と小さかった。
都市部に住んでいたからそう感じてしまうのかもしれないが、エリアが完全に決まっている街を見るのは初めてだ。
入口らしきゲートをくぐり、街に一歩踏み入れる。
目新しい街並みに心をときめかせていると、遠くから何かが物凄い勢いで近づいて来た。
「んー?」
眉間に皺を寄せてそれが何なのか解明しようとするも、あまりの速さでよく見えない。
それに、少し悪い予感がする。
まるで、あの何かがこちらに突進して来ているような……。
「危ないーのっ!」
「へ?」
ようやく見えて来たその何かは、あっという間に私の眼の前までやって来て、軽々と上を跳び越える。
後に続く何かは、私にぶつかりかけながらも、横へ避けていく。
やっと今判明した、迫って来た何かは、10にも満たなさそうな子供達だった。
顔を前に戻すと、新たなる何かが私に迫って来ていた。
「すいませーん!どいてくださーいっ!」
「うわあっ」
今度は先程の子供達より遥かに高いお姉さんだった。
大人のお姉さんが軽々と私を飛び越えられるはずもなく、バッチリ正面衝突する。
「いっ……!」
明らかな身長差があったため、額同士がぶつかる事はなかったが、彼女の勢いのせいで無様に体が吹っ飛ぶ。
「いてて……」
全身が痛むせいで、どこを抑えたらいいのか分からなくなっている手を突いて立ち上がる。
見ると、お姉さんの方は倒れていなかったらしく、心配そうに私を見つめていた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……」
「……でも、医療院で診てもらいましょう。何かあったら大変ですから」
お姉さんは私の手を持ってどこかへ向かおうとするが、私はそれについては行かない。
推測するに、このお姉さんはあの子供達を追っていたのだろう。
それなら、ここに引き留める必要はない。
「私は大丈夫なので、お姉さんはお姉さんの今しないといけないことをして下さい。あの子達を追っていたんですよね?」
「そうですけど……」
「医療院なら自分で探して行きます。それに、痛みを引いてきましたから」
「すみませんっ。今度謝礼しますっ」
お姉さんは私の言葉を最後まで聞き終えると、飛ぶように私を追い抜いていった。
──それにしても綺麗だったなあ、あの子。
私はすぐに、お姉さんと追突したことなんて忘れて、私を跳び抜いたあの少女の、美しい銀髪を思い出していた。




