3『記憶×記憶』
それからは地獄が続いた。
階段を上って部屋に入るたびに『世界』を観せられる。それが地獄以外の何に表現できようか。
何度も上って確かめた結果、私は観せられるものの一貫性を発見した。
様々な、『世界』を観ているのだ。
初めは、初めの世界の創造。次は、新しい世界を作り出そうとする者の奔走。その次も、そのまた次も、人こそ変わるものの同じものを見せられていた。
今はまだ10階分程しか上っていないが、未だに終わりは見えない。初めに聞こえた声もそれ以降は全く聞いていないし、姿も見えない。
「どうして、女神様はこんなものを私に……っつ」
脳内を整理するために口に出したが、急な頭痛で最後まで言い切ることができなかった。
あれからここまで来るまでには一度もなかったのに、どうして。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──っ」
見てはいけない気がするのだ。見てしまってはいけない気がするのだ。見てしまっては自分が壊れてしまう気がするのだ。
私が私であるためには、あり続けるためには、あの先を、飛鳥先輩が死んでしまったその先を、見てはいけない。
そんな気がするのだ。
『彼女が居なくなって、僕は生きる意味を亡くした』
閉じられていた魂の記憶の扉が、今再び開かれる。
「飛鳥先輩は、最期、何か言ってましたか」
──。
「……そう、だね。ごめんなさい、とそう言っていたよ。謝る必要、ないのにね」
「そう、なんですか」
静かな教室に、沈黙だけが続く。
「──この部活も、来年はなくそうと思う。どうせ僕らが卒業すれば誰もいなくなるし、ちょうどいい機会だろう。部長である僕が、先生にその旨を伝えておこう。君も、それでいいだろう」
「……はい」
「ありがとう。すまないね。巻き込んでしまって」
「いえ」
「じゃあ」
椅子から立ち上がる茶髪の眼鏡男子を、黒髪の少女は目で追う。そして息を吸った。
「先輩は」
「……?」
「先輩は……、飛鳥先輩は、どうして死んじゃったんでしょうか」
「──」
「先輩は、綺麗で、優しくて、清廉で、良い人でした。でも、世の中にはそうじゃない人もいます。──どうしてそんな人でなく、先輩みたいな人が、死なないといけないんでしょうか。先輩は、もっと、生きたかったはずなんです。こんな若さで、死んでいいはずがないんです。死んでいい人じゃないんです。なら、どうしてっ、どうして──!」
少女は嗚咽する。
「魂を縛り付ける運命を、世界は変えることができない。神に祝福されていても、その運命をねじ曲げることはできない。だが、そのさだめを僕が書き換える。それが出来ないこの世界に、僕がいる意味は、ない」
少年の曲解を、少女は泣くのに夢中で聞いていない。
泣いている少女を尻目に、場面は変わる。
「先輩は……?」
「申し訳ありません。私たちの力が及ばず……」
「それじゃあ──」
「如月伸哉さんの死亡が確認されました」
泣きじゃくる声に医師は顔を歪める。かと思えば世界までも歪み出し、いろいろな記憶が流入する。
橋の上。白い女神。銀髪少女。黒い魔女。そして、見知った黒髪の少年。
「私は、夏目明日香……? ううん。今は、違う。──ナツメ。それが、この世界での私の名前。でも、どうして私は苗字を名前に?」
痛みの引いてきた額を抑え、眉間にシワを寄せる。
しかしそうした理由は記憶の中には入っていなかった。
「──っあ。そうか。そうだよね。分かった」
「私は、アスカでは居たくなかったんだ」
世界は、巡る。
全てを思い出すことのできた私は、変わらず階段を上り続け、世界を見続けていた。
思い出した今となっては、元の世界に戻る目的は消えてしまったのだが、ここまで来れば最後まで階段を上ってみたいという探究心が勝ってしまった。
どうせすることもしたいことも今はないのだから、1人の時ぐらいは自由気ままに動きたい。
「でも、流石に疲れたって気持ちもなくはないんだよなあ」
50階分ぐらいは上ったのではないかと思われるが、やはり未だに終わりは見えない。
私の予想では、100が終わりなのではないかと思っている。
50も上って終わりがないのなら、次の区切りは100しかないだろう。私自身の疲れはともかく。
上り続けて、50ウン階目。
そこは相変わらず白い世界で──
『あなただけの元界の層で、世界は試練を与える』
「はっ。今の何? あれ、と言うか、喋れる?」
──今までは喋れなかったのに。
「あら、明日香。どうしたの? お母さん、心配」
「お母さん?」
「ええ、お母さんですよ。明日香、本当に大丈夫?」
「おかあ、さん」
顔を上げ、目の前にいる人を目視する。
それは、もう何ヶ月も会っていないはずの、母親の姿だった。




