10『役立たず』
「やばっ……」
爆発に巻き込まれ、体が勢いよく後方に吹っ飛ぶ。
もともと体育会系ではなかったから、急な激しい動きに対応しきれず、受け身も取れないまま地面に叩きつけられる。
──痛い。
今まで感じることの出来なかった痛みだ。
息が詰まって立ち上がれず、体を情けなく伸ばしたまま宙を見ると、燃えた矢が降ってくるのが確認できた。
「ひっ」
──やばい。逃げられない。
火の矢で死ぬってどんな感じなのだろうか。痛い?……当たり前か。
──死にたくない死にたくない死にたくない。
「危ないっ!」
どうやら私は寸前で死の淵から掬い上げられたようだ。
腕をだらんと垂らしたまま私を抱えている人を確認する。
「ルイ……ごめん」
ルイはまっすぐ前を向いたまま、
「悪いのはお姉さんじゃないの」
と言った。
その後に会話は続かない。何を言えばいいか分からなくなったからだ。
私を抱えているのに軽快な動きで走るルイは、敵からなるべく距離をとっている。
どこへ向かっているかは、前がよく見えないので分からない。
今現在、敵からの攻撃はない。
おそらく、リナンやラリアン、マスターが必死に止めてくれているのだと思う。
「お姉さん、降ろすよ」
ルイの腕から優しく解放されると、私は背中に冷たさを感じた。
辺りを見回すと、石で出来た物が見える。
どうやらルイは、私が初めに目覚めた遺跡に私を降ろしたらしい。
「ありがと……」
「元気になるまでここで待ってて、なの。でも、次はもう助けられないかも知れないの」
見ると、ルイの体はもうボロボロだった。
脚からは血が出ているし、白いワンピースも髪の毛も所々破けていたり、焼けていたりしている。
「どうして……」
「ルイはお姉さんも、この街も守りたい。ただそれだけなの」
「ごめん……」
ルイは振り向かずに走り去ると、敵のところへ一直線に向かった。
──情けないなあ、私。
『特殊能力を授けるので、2度目の人生、思いっきり楽しんで下さいね』
そう言われたのに、襲われて守られて、何も出来ないままだ。
特殊能力とやらもよく分かっていないし、まともに使えてさえもいない。
──こんなのでいいのか、私は。
何にも出来ないまま、皆に頼って、ただ助かるだなんてこと、皆が許すのか?私自身は?
「くっ」
打ち付けた背中が痛み、息を荒げる。
「わた、しはっ」
──いつまでも役立たずのままだ。
『夏目さん、起きてください。もう終わりますよ』
頭に直接響くその声に、私は驚いて目を覚ました。
「女神ですか?」
『ええ、女神です。そんなことより、夏目さん。早く起きてください。情けないですよ』
「そうですよね……。情けないですよね」
──そうだ。私は情けないやつだ。
寝ぼけ眼をこすり、上半身を起こす。
未だ痛む背中をさすっていると、女神が言った。
『そんな落ち込んでる場合じゃありませんよ。あなたの名誉挽回のチャンスはもう無くなりつつあるんですから』
「えっ、てことは……」
『ええ。あなたの仲間が優勢ですよ。特に、魔女の力によるものが強いみたいです』
「ラリアン!?」
戦闘音らしき音がする方向を振り向くと、ラリアンが勇猛果敢に何かを振り回して戦っていた。
先程までは防御一線だけだったから、意外な戦闘方法だ。
その戦闘に敵は守るだけでしか出来ていない。そろそろ終盤であろうことが予想できた。
「私は……」
『何かしたいんですか。何かできると思っているんですか?この世界に来たばかりのあなたが?……馬鹿馬鹿しいですね。誰かの役に立ちたいだなんて言う、あなた達の考えは、私には到底理解出来ません』
「……女神にはわかんないよ」
うずくまったまま、一人呟く。
──自分にも自分がわからないくせによく言うや。
でも、何かの役に立ちたかった。守られたままは嫌だった。
『そんなに言うんでしたら、今からでも加わったらどうですか?ウジウジいじけてたって、なにも変わらないままですよ』
「でも……」
『早く行って来てくださいよ。変わりたいんじゃなかったんですか?』
「あ……」
声しか聞こえないのに、女神が苛立っているのが分かる。
でも、どうしたらいいのか分からない。
変わりたいくせに、その方法が私には思いつかない。
『はあ……。仕方ないですね。今回は特別に女神である私が力を貸してあげましょう』
「えっ」
『さあ、行ってきてください。あなたはただ向かうだけでいいです。私がサポートしましょう』
その声と同時に背中の痛みが引いていくのを感じ、私は不安ながらも立ち上がった。
『さあ、急いでください。間に合わなくなりますよ』
「ありがとうございます!」
せっかくもらった機会だ。利用しなければなるまい。
私は軽く駆け出すと、戦っている彼らに声をかけた。
「遅れてごめん!私にも戦わせて!」
「待っていたぞ、ナツメ」
ラリアンは振り回す手を止め、こちらを向いた。
その隙を見たのか敵は握った拳を彼女に向ける。
「あぶなっ」
『ネロ・アスピダ!』
そう女神の声が聞こえたかと思うと、私の口も勝手に動き、同じ言葉を唱えた。
そしてその途端、ラリアンに向けられていた拳の前に青い障壁が生じ、拳から彼女を守った。
「すまないナツメ、油断した!」
「ううん!」
正直、何が起こったのか全く分からなかったのだが、結果オーライということで気にしないこととする。
『フォス・レプティベローナ!』
またまた口が勝手に動き、それと同時に光る細いものが敵へ向かう。
どうやら敵には効かなかったようだが、そこからがもう地獄だった。
勝手に体のいろんなところが動いて、全く知らない単語が私の口から発せられ、敵の攻撃も何度も受けかけた。
殆どの攻撃が敵には効かないし、体力も尽きかけていたしで限界だったところ、一つのラリアンの行動でそれが一転した。
「おい!私もいることを忘れるなよ!」
そう言った彼女は、手に持っていた黒い何かを敵に向かって振り回し出し、敵もそれを必死に避けていく。
「いやあ、厄介だね。君のそのカタナという奴も厄介だが、彼女の全属性魔法も危うい。そろそろからくりが見破られそうだしね」
避けながらも冷静にそう吐く敵は、私の方をチラチラとみる。
私もようやく動きが止まったので、彼らが戦っている様子を静観していると、早くもまた口が勝手に動いた。
『スコタディ・ビレイド!』
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
時がゆっくり進んだかと思うと、ラリアンがすぐさまその場を跳び去り、敵が何かを唱えるような口の動きをした。
しかしそれは間に合わず、私が知らぬ間に生み出した。黒い何かが彼を引き裂いた。
「ぐっ」
決して冷静とは言い難いうめき声が彼の口から発せられると、彼は後方に吹っ飛んだ。
そう、あの時の私のように。
私は無意識に彼に近づくと、しゃがみこんだ。
「いやあ、まさか君にやられるとはね。まだ未成熟で、まだ弱いと思っていたんだけれどね。まさかあんな風に動けるなんて」
「……」
私はなにも話さない。
また手が勝手に動いたと思うと、その手は地面について、口から全く意味の分からない術式が発せられた。
『スコタディ・トゥリイパー』
敵の体の下に黒い穴が広がる。
「いやあ、今回は惨敗だ。参った。……でもまた来るよ。その時のために、僕の名前を覚えておいてくれ」
「……」
「僕の名前はカオス。主から授かった名さ。じゃあ、またね」
まるで友達との別れ際かのように彼は軽く別れの言葉を述べると、彼は黒い穴の中に消えた。
──カオス、か。和訳は混沌だったか?どうしてその単語がこの世界に存在しているのだろう。
もしかして、この世界に干渉した、私と同じような境遇の人がまだいるのか……?




