第55小節
朝になった。
わたしは母よりさきに病院の玄関をでた。
ふり返って見るとわりとおおきくて古い病院だった。
玄関脇にバス停があった。
ああ、駅からホテルに向かう路線バスで、途中で停車したあの病院だと気づいた。
何とか記念病院ってアナウンスしてたっけ。
病院名をさがした。
思いっきり看板がでていた。
古い病院のわりにはそこだけは新しく感じる看板だった。
HEG記念病院。
やっぱり。
柊エバーグリーングループ。
それにしては古い建物だなと思った。
あのグループなら近代的な病院に建て替えていてもおかしくなったのに、何か理由があるのだろうか。
駐車場には車は数台しか停まっていなかった。
病院の駐車場のほうの入口が救急外来用になっていた。
診察開始時間にはまだ時間があるようだった。
静けさが、この小高い丘の上にある病院をつつんでいた。
曇り空で、いまにも雨が降りだしそうだった。
くすりを処方してもらい、支払いをしている母を病院の待合室のベンチで待っているあいだ、わたしはデジャヴに似た感覚をあじわっていた。
この病院、まえにもきたことがあるような、そんな。
それは夢で見たものかもしれなかった。
病院内の柱や階段といったところの神殿のような造りといい、テレビの置かれてある位置であるとか、観葉植物の種類だとか、貼ってあるポスターの女優さんだとか、目に入るいろんなものが妙になつかしくじぶんの思い出のように感じられた。
母が空を気にしながら玄関からでてきた。
すぐにタクシーがやってきて、母が手をあげた。
とりあえず母とホテルにもどることにした。
わたしと母はタクシーに乗り込んだ。
タクシーは坂道を下って、うす暗い森のなかを抜け、海へと走っていった。
20分ほどでホテルに着いた。
ホテルに入るとフロントに支配人がいた。
支配人はフロントからでてきて、母と丁重なあいさつをかわした。
支配人は今日は一日ゆっくり休んで下さいといってくれた。
わたしはご迷惑をおかけしてすみませんでしたとあやまった。
それから母と、わたしが泊まっている部屋に向かった。
母が持ってくれているバッグを渡してもらい、そこからカードキーをだして部屋に入った。
ベッドメイクがされ、掃除がされていた。
洗濯物も届けられていた。
デスクの上にはリクエストしてあったチョコレートなどの菓子類が山ほど積まれてあった。
それを見た母はおおきなため息をついた。
母は部屋からの景色がとても気に入ったらしく、もう一日居ようかしらといった。
わたしもそうして欲しかった。
そうして、とわたしがいったら、母は、じゃあそうする、といって父にメールした。
あいにくの曇り空だった。
雨にならなければ午後には桟橋にでも母と散歩にでかけたかった。
母がテレビをつけると地元テレビ局の情報番組が映った。
母はしばらくその番組を見てから、シャワーを浴び、そして仮眠をとった。
わたしはそのあいだ読みかけの小説を読んだ。
母のたてるおだやかな音がしている、おだやかな時間だった。




