第33小節
翌日の最終リハーサル。
ホールに入るとクレアがもうきていた。
「はやいのね」
とわたしはいった。
「エチケットよ」
とクレアはいった。
わたしは中央の通路を歩いていき、ピアノのそばまでいって、立ち止まった。
彼女はわたしの席に座っていた。
「順調?」
とクレア。
「順調よ」
「明日からだけどだいじょうぶ?」
「何とかね」
「そう」
「うん」
「天才のあなたならだいじょうぶよね」
「天才は誰よりも努力できる人間のことよ」
「そうね」
「だからあなたのほうがふさわしいわよ」
「どうしたの急に。何か変なものでも食べたんじゃないの?」
「食べてないけど」
「熱あるんじゃない?」
「平熱だけど」
「測ってるの?」
「健康管理は大切よ」
「そうね。でもね、努力できたとしたら、それはあなたという天才がいるからできることよ」
「なら、もう過去のことね」
「わたしにとってはあなたはいまでも天才よ。いや天才でいてもらわなきゃわたしが努力できないのよ」
「あなたのためにわたしがいるの?」
「もちろん」
「だったら、あなたに負けつづけるのはまずいわね」
「そうゆうこと」
「永遠のライバルってことね」
「わかってるじゃない」
「ライバルじゃ聴こえないんだって」
「何の話?」
「ああ、わかったらいつか話す」
「そう。でも、こうゆう話ははじめてしたね」
「こうゆう場所がそうさせるのかもね」
「そうね」
「ねえ、青春の夏を譜めくりに費やしてもかまわないの?」
「わたしには必要なことなの」
「あなたがピアノからはなれる理由はないはずよ」
「はなれはしないわよ」
「えっ」
「そこのマンションにピアノあるから」
「まあそうだよね。それくらい用意するわよね」
「先生には出張できてもらえるし」
「ぬかりないのは相変わらずね」
「あなただってこのピアノ使えるんでしょ?」
「午前中なら」
「じゃあ、そんなに環境は変わらないわよ」
「環境はなるべくわたしとおなじにしていたいってこと?」
「めっちゃかわいいところあるでしょ」
「やっぱり何かほかに目的があるんでしょ?」
「ないない」
「いやあ~」
「ないって」
「いやあ~」
「どうして素直にうれしいっていえないかな」
「いやいやあ~」
とそのとき扉があいて、彼が入ってきた。




