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クジラプールの付喪神  作者: まめ まめみ


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2/2

クジラプールの付喪神(後編)

 平べったくなった僕は、物干しに引っかけられた。


「やぁ、お若いの」


 あれ、昨日やってきた甚兵衛さん。こんにちは。

 洗って干されていたんだね。外にいるのは僕一人だと思ってた。


「ふっふふ、こんちは。さっきは荒ぶっとったが、どうしたかね」


 ちょっと暗黒面に……いや何でも無いです。冷静に聞かれると恥ずかしいなぁ。


「お前さん、ずいぶん珍しい存在じゃな」


 そう? いたって普通の、クジラプールの付喪神だと思うんだけど。


「いやいや。プールの付喪神て。そもそも、物に付喪神が宿るまでの年月はおよそ百年。ビニールプールの付喪神なんてのは、お前さんくらいじゃろの」


 えぇっそうなの? じゃあ甚兵衛さんも百年!?


「ワシは七十五年くらいかのぉ……。まだ付喪神には成りきっとらんのよ。意識はあるけど動けんしね」


 へぇ。十年で付喪神になった僕ってかなり特別なんだね。だから珍しい存在って言われたのか。ふむふむ。


「お前さんも、まだ成っとらんよ? 精霊みたいなもんじゃ。それと、珍しいのは成り立ちじゃあ。多くは恨みから付喪神になるが、お前さんは違うようじゃの。羨ましい限りじゃ」


 甚兵衛さんは……。人間を恨んでいるの? ママさんたちも、恨んでる?


「いや。洗って干してもらったら、心構えがずいぶん変わった。『心が洗われる』とはよく言ったもんじゃ。気持ちが良い」


 風に揺られてパタパタとはためく甚兵衛さんは、本当に気持ちよさそうだった。


「昔にワシを着てくれた人も、今は無く……。暗い蔵の片隅に押し込められたまま、朽ちていくのかと思うと恨めしくて恨めしくての。また陽の当たる場所に連れてきてもらえて、幸せじゃあ」

 

 ちと暑すぎじゃがなぁ、と甚兵衛さんは言ったきり、風を堪能しているのか黙ってしまった。

 そっかぁ。そうだよね。甚兵衛さんは、服だもの。着てもらえないと悲しいよね。


 でも、じゃあやっぱり僕の悲しみも正当なんじゃない?

 僕はプールだ! タライじゃない!


 ふと庭を見ると、こちらに背を向けて草むしりをしているママさんが見えた。


 思い知らせるチャーンス!

 この嘆き、その身で味わうがいい!


「あっ、こら。待ちなされ!」


 ブワッ! と身体を広げてママさんの背中に襲いかかる。


 バサァッ!

「きゃー!! えっ、何!?」


 バサバサッ。バサバサッ。

 ぎゅむっ。

 ぐえ。


「ちょっとパパ! 干す時は、ちゃんと洗濯バサミで止めてよ〜。飛んでっちゃうところだったよ」

「えぇ? ごめんごめん」


 飛んで逃げないから、その足を退けてほしい……。ママさん、容赦ないなぁ。


 もう一回、今度はママさんに優しく洗い直されて、物干しで干される僕。あーあ、明日もこんな一日かなぁ。

 

 ◇


 シュコッ、シュコッ、シュコッ。

 

 翌朝。まだ涼しい時間に膨らんでいく僕。横ではママさんが、汗を流しながらポンプを踏んでいる。


「ねぇ」


 今朝は、二年生のお兄ちゃんと、五歳児くんが近寄ってきた。


「うちのプールって大っきいねって友達に言われた。」

「そうだよー。うちのは大っきいし、クジラだし、特別なのよ」

 

「どこでかったのー?」

「このプールはね、ひい婆が買ってくれたんだよ」

「ひいばあ?」

「一番上のお兄ちゃんがね、三歳くらいだったかなぁ。そのころに買ってもらったんだよ」


 ママさんが、懐かしそうに目を細めて僕をさわる。

 

 違うよ、ママさん。お兄ちゃんが二歳の時だよ。あの時はママさん、「大っきいイルカー!」って言って、お兄ちゃんと一緒になってすっごく楽しそうにバッシャバッシャ遊んでいたよね。


 まぁ僕、クジラなんだけどさ。

 

「ひいばあって誰?」

「ママの、おばあちゃんだよ」

 

「ばーば? どこのばーば?」

「ばーばは、ママのママだよ。ひい婆はねぇ、お墓の中だよ。今度お墓参りしに行こうねぇ」


 そう言って、ママさんは水をすくってパシャリ、パシャリと遊び始めた。昔と比べると、だいぶ大人しい。


 そうだったよ、忘れていた。

 僕は、ママさんのお婆ちゃんが買ってきたプールだった。お婆ちゃんから、ひ孫とママさんへの強〜い強〜い愛情がこもった大事なプール。十年分の家族の思い出がみっちり詰まっている大切なプール。


 ふぅ、危ない危ない。うっかり暗黒面に堕ちてしまうところだった。この身体は、たくさんの優しい気持ちが詰まって膨らんでいるんだ。僕は、優しいクジラさん!


「おーい、今日もスイカ冷やすかぁ」

「ラムネも冷やそーぜ。パパのビールは冷えるかな」

 

 甚兵衛さんを着たパパと、瓶ラムネと缶ビールを持った六年生のお兄ちゃんもやってきた。


 だから、僕は冷やすための道具じゃないっての。

 でもまぁ、僕って有能だから色々と使い道があるんだよね。


 気に入られているんだから、しょうがない。

 この夏も、どうぞよろしくね。

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― 新着の感想 ―
クジラプールと聞くだけで、結構な大きさなんだろうな!と分かります。ああいう子供用の家庭プールは、確かに一定の期間は大活躍するものの、子供が大きくなっていきますと、倉庫のすみっこにおいやられたりもするも…
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