クジラプールの付喪神(前編)
どうも、こんにちは。僕はプールの付喪神。空気でふくらむ、クジラの形をした素敵なプールさ。今朝はスイカを冷やすお手伝いもした、夏の風物詩だよ!
え? 付喪神って何だっけ?
そんなー。家の中を見てみてよ。昔から長〜く使ってる、箪笥とか、手鏡とか——。
……。無いよね。うん、分かってる。
この家にも、ほとんど居ないもんね。テレビの付喪神は壊れていなくなっちゃったし。ベビーベッドの付喪神は従兄弟の家に引っ越していった。
まぁでも、居るには居るんだよ。昨日も、甚兵衛の付喪神が郵便屋さんのバイクに乗ってやってきた。なんだっけ。リサイクル? とかで、この家に引き取られたんだって。
ただ、家の外に放置されている付喪神は私くらいのものだねー。
あぁ、暑い。水が入っているけど暑い。早く入らないと、水がお湯になっちゃうぞー。
◇
この家には、小学校六年生のお兄ちゃんと、二年生のお兄ちゃん、それから五歳の弟くんがいるんだ。
今日の午前中は、五歳児くんが遊んでくれるはず。
わくわくしながら待っていると、「にゃんこ泳ぐよー!」って声と共に、五歳児くんがやってきた。抱き抱えているのは、この春、家族の仲間入りをしたばかりの子猫ちゃんだ。
え。ちょっと待とう!? 猫って泳ぐ種族だったかな!?
内心ギャーッ! と焦って、一生懸命に身を震わせるけど、傍目にはプールがバヨンバヨン動いているようにしか見えないと思う。
必死な抵抗も虚しく、五歳児は子猫と一緒にザブンッ! と入ってきた。
あぁああっ! 溺れちゃったらどうするんだよー。やだよー。ここで死なないでおくれよぉおぉ?
…………。
…………あれ?
子猫が、気持ちよさそうにスイスイ泳いでいる。あれ、猫って泳ぐ子もいるの? 知らなかった。
「にゃんこ、楽しそう!」
「そうだねぇ、ちょっと大きくなってきたからお風呂の桶じゃ小さかったんだねぇ」
ママさんと五歳児くんの、のほほんとした会話が聞こえる。なぁんだ、泳ぐのが好きな子猫ちゃんだったの? 早く言ってよ。超びっくりしたじゃん。寿命が縮んだかも。
でもさー、プールの使い方が違うんじゃない? カモンちびっ子! ノー子猫!
そんな事を考えたのが良くなかったのか。
プスッ。
「「あっ!!」」
プシュー……
子猫ちゃんでも、猫は猫。鋭い爪がちゃんとある。
あぁもう、クジラのヒレに、穴が空いちゃったじゃないかー! しくしく。
ペタリとシールを貼って、応急処置をしてもらった。あーぁ、人目がなくなったら、気合い入れて塞がないと……。
◇
午後、五歳児くんがお昼寝をしている時間に、今度は小学生のお兄ちゃんたちがやってきた。
おっ? 珍しいね。遊んじゃう? いいよいいよ、じゃんじゃん入っておいでー!
って、君らも何か持っているね。
何それ? 水鉄砲?
良いね、楽しいよね水鉄砲! 夏らしいなぁ。
「ねらいはカラス! 畑を守るぞ!」
「撃てー!」
……ねぇ、楽しそうだからもう少し僕の近くに来ない? 水を補給する時だけじゃなくてさぁ。
プールとして正当に扱えー! ポツンと放置されているみたいで、寂しいじゃないか。
…………。
ぬる〜くなったこの水を、キンキンに冷やしたら入ってくれるかな? 出来るか分からないけど。
出来るかどうかじゃない。やるんだ。
子どもたちをプールの中に呼び込んで、僕は、プールとしての尊厳を取り戻す……!
頑張ってみたけど、冷たくなったかは自分では分からない。水鉄砲に給水に来たお兄ちゃんに、ザブンッと水をかけてみるけど「わぁっ! 水がかかったぁ〜」「あはは、何やってんの〜」と笑うばかりで、何にも気づいてもらえなかった。
容赦なく水鉄砲に水を抜かれて、水嵩が半分くらいに減ったころ。道の遠くのほうから、ジョギング中のパパが走ってきているのが見えた。
パパ、走るのが好きなんだよね。
え、でもちょっと待って。汗だくのまま、走って近づいてきているけど何で!? 玄関はこっちじゃ……えっ、まさか、その汗のまま入るとか。ちょっ、待っ……。来ないでー! ッギャー!!
…………。
…………ひどい。何この仕打ち。
僕は、プールなはず。決して、汗を流すためのタライではない。
早朝にスイカが浮かんでいた時は、「あぁ夏らしいね」ってニコニコ笑っていられたけれど。
スイカを冷やして。子猫が泳いで。水鉄砲の給水所になり。ようやくプールに入ったのは、汗だくのおじさん。しかも水遊びが目的じゃないし。プールって、何だっけな??
一度、思い知らせた方が良いのかもしれない……!
古来より、付喪神の多くは「人間への恨み」から生まれたという。人間に捨てられたり粗末に扱われた道具が悲しみや怒りを持ち、妖怪(付喪神)に変化した存在。そう、それが僕……!
ズモモモモ……と暗い澱みが、どこからともなく出てきて僕にまとわり付いてくる。こ、これは闇堕ち!?
「あれ。なんか底の方がヌメってるな」
「えー。パパの汗じゃないのー」
「うわ、きったねー」
ちょっとやめてよ、これは闇堕ちによる澱みであって。パパの汗じゃないよ。ばっちいモノ扱いしないでよー。
キュポッ
わぁっ、栓を抜かれたー。あぁあ、洗われるぅー。
ゴシッ、ゴシッ、ゴシッ。
パパにピカピカに磨き上げられて、澱みはどっかにいってしまった。




