重なる音と重なる心 最終話
晩ご飯を食べ、これから先輩たちになんて連絡をしようかと考えながらトイレから出たところで玄関のチャイムが鳴って、わたしが廊下に居るのを察知したお母さんに出るように言われてしまった。
こんな時間に一体誰なんだと不審に思いながら、ゆっくりとドアを開けると汗で前髪を額にべったりと張り付かせ、息を切らせた叉音ちゃんが壁に手を付きつつ立っていた。
「えっ、叉音ちゃん!? なんでこんな時間に?」
わたしの問いに叉音ちゃんは何かを答えてくれているけれど、どうも自分の家からここまで走ってきたようで口が動くだけでまったく聞き取れなかった。
「とりあえず入って」
腕を引っ張って招き入れ、お母さんには「友達が来た」と曖昧に返事をしながら二階の自分の部屋に連れて行く。
「ごめんね、これでも片付けたんだけど……」
夏休みに叉音ちゃんに「来たい」と言われたけれど散らかっていたから断ったのを反省して、まだ綺麗とは言いがたいけど多少は部屋を片付けておいて良かった。
「なんか飲み物持ってくるね」
「……ありがとう」
下に降りてコップとコーラのペットボトルを抱えて戻ると、叉音ちゃんはベッドの側でちまっと正座で待っていた。
「もっと楽にしててよ、ほら椅子に座って座って」
半ば無理矢理勉強椅子に座らせ、わたしはベッドに腰掛けて向かい合う。
「それで、こんな急に来てどうしたの?」
「……響と話がしたくて」
「電話じゃダメだったの?」
「うん、電話じゃダメ。直接話したかった」
そう言ってくれるのはうれしいし、わざわざ夜に走って来るほど大事な話が何なのかが気になったけど、叉音ちゃんは再び黙ってしまった。
実際には大した時間じゃなかったんだろうけど、長く感じた沈黙の末にわずかに口元が動き、耳を澄ませるとか細い声が聞こえた。
「……やっぱり出る」
「え、出るって何?」
「学祭のステージ、一緒に出る」
「本当にいいの?」
「うん、大丈夫」
大丈夫……なのかな?
こんな急に「出る」って言うなんてなんの心境の変化があったんだろう。
「あ、あの! 出る代わりなんだけど…その……先輩達のバンドには出ないで」
「えっ……まあ叉音ちゃんと出るなら無理だと思うよ?」
その意外な”お願い”に少し驚いた。
「話が来ても断って…欲しい」
「もしかして練習時間の心配してくれてる?」
わたしの腕じゃ掛け持ちなんか出来ないからそんな心配しなくていいのに、と思っていたけど想像とは違って叉音ちゃんは首を横に振った。
「わ、私以外の人と、ステージ……出て欲しくない」
背中を丸め、赤らめた顔をうつむかせながら発せられた言葉に胸を射貫かれたような衝撃を受け、何も言えずにただただ黙り込んでしまった。
「響が他の人と楽しそうに演奏してるは見たくない、だから出ないで」
うつむいて、いつも以上に小さく見えるその姿はかわいくて愛らしくて、ギュッと抱きしめて今座っているベッドに引き倒したい衝動に駆られたけれどどうにか押しとどめた。
と同時に、叉音ちゃんがわたしに向けてくれている感情がじんわりと染み渡るように感じられた。
そしてどうしても”それ”を確認した衝動に駆られてしまった。
聞くべきか聞くまいか悩んだけど、なんだか今なら勢いで聞ける気がして思い切って言葉にした。
「ねぇ、叉音ちゃんってわたしのこと好きでしょ?」
「えっあっなっ、なんで!?」
どんな反応をしてくれるんだろう? という若干のいたずら心もあったのだけど、思った以上の反応をされて思わず笑ってしまった。
「いやだって、わたしが他の人と一緒に楽しそうにバンドやるのが嫌で一緒にステージ出るなんて聞いたら普通はそう思うよ」
「……」
黙って下を向いてしまったけれど髪から除く耳は真っ赤に染まっていて、なんだ
かすごくかわいくてもっといじわるをしたくなる。
「それでそれで、わたしのこと好きなの?」
「……い、一緒にいると楽しい」
それだけ言うとまた黙り込んでしまった。
「へへへ、ありがとう」
直接「好き」とは言ってくれなかったけど、真っ赤な顔と極限まで縮こまった身体を見たら図星だったのがよくわかる。
ちっちゃくなった体のちっちゃな頭を両手でワシワシと撫でてあげると縮こまった体の緊張を少し解いてくれた。
「一緒にがんばろうね」
「うん、がんばる」
初めて触った叉音ちゃんの髪の毛はツルツルでいつまでも触っていたかったけれど、部屋の外から聞こえてくる階段を上がる足音で身体を離して、何となく部屋の中を見られたくないから自分から出て行く。
階段をほとんど登りきった所にいたお母さんと目が合い「何してるの」とか「こんな時間に」とか想像通りの言葉が矢継ぎ早に飛んできたから、貸していた物を届けに来てくれたことにして「もうそろそろ帰るから」と話を打ち切ろうとしてけれど、もう遅い時間だから車で送っていくと告げられた。
「えっ、今何時?」
「もうすぐ九時、いつまで話してるの?」
おっと、もうそんな時間になってたんだ。
一応さっきの『貸していた物を届けに来てくれた』という設定を伝え、一緒に後部座席に座ったのだけど車を出してすぐに叉音ちゃんはわたしの肩にもたれて眠ってしまった。
ここまで走って来てくれて、その上勇気を振り絞って一緒に出たいと言ってくれたんだから疲れ切ってしまっているんだろう。
本当はもっとおしゃべりをしたかったけど、泊まった時は客間で一人だったからこうやって寝顔を見るのは初めてで、安心しきった様子で寝息を立ててくれているのを見ていたら起こす気になれなかった。
その無垢な寝顔は普段よりもさらに幼く見えて、あんな演奏をしているとはとても思えない。
そんな叉音ちゃんを見ていたらわたしの胸の中に決意のような物が浮かんでいて、気がつかないうちに口に出ていた。
「もっと上手くならないと……」




