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Level.159 それは次なるステージに続く鍵


 聖桜祭が終われば聖桜学園には日常が戻って来る。


 と言う事は、つまり──。


「副会長」


「見てわからんのか。読書中だ」


 鹿謳院と近衛の日常も戻って来ると言う事に他ならない。


 場所は毎度の如く統苑会の執務室。


 聖桜祭が終わって数日が経過して、一学期の修了まで残り三週間もない時期。


 聖桜中等部と高等部では一学期期末試験の期間に突入しているので、忙しい人にとっては忙しかったりするが、常に満点しかとらない鹿謳院や近衛にとっては消化試合の期間。


 なので、気を抜くと言う程に気を抜く二人ではないが、気を張り詰めていると言う程でもなく、微妙に弛緩した空気が流れている。


 そんな中での、いつもの会話。


「聖桜祭の事が各地で話題になっておりますが、宜しいのですか?」


「さてな。一度ネットに拡散された情報は消すのが難しいと聞くが、それも一般人にとっての話だ。しかし、それでも兄上が消さぬと言う事は放置で構わんのだろう。俗人に知られたくない情報は拡散する前に全て消すのが基本だ」


「それもそうですね。学園祭の様子を撮影されただけの話ですからね。見られて困るモノが映っている事もないでしょう」


「そう言う事だ」


「(とは言いましても、近衛家次期頭首が女装している姿が拡散されている事は問題ないのでしょうか? 美し過ぎる女装男子として大変に注目を浴びているようですけれど……)」


 現在ネットを騒がせている保角時恵と言う絶世の美女について考える鹿謳院は、ノートパソコンの画面からチラリと視線を動かすと、近衛の方を見る。


「(やはり、近衛一族は謎が多いですね。この男も勝利の為であれば女装程度のことは簡単にやってのけるであろう事は容易に想像が出来ます)」


 思わず近衛が女装している姿を想像してしまった事で、なんとも言えない気持ちになった鹿謳院が再びパソコン画面に視線を戻した。


「(悪意をもって投稿されたと思われる動画は全て削除されているようですが、延べ十万人以上が訪れた祭ですからね。聖桜祭に関する大量の動画が世に拡散されてしまっている事実に変わりはありません)」


 そっと溜息を溢した鹿謳院がすっかり操作になれたリリンクをパソコンで開いて、ちょちょいと検索すれば聖桜祭のショート動画が山ほどヒット。その中でも統苑会に所属する者達が露出する動画は再生数の伸びがいずれも多い事に気が付いて、心の中で深い溜息を吐き出しながら画面をスクロールしていく。


「(不躾にスマホ向けて来る者達が多かったですが、これは歴とした盗撮ですよ。それに何が美人過ぎる生徒会長ですか。私は生徒会長ではなく統苑会会長ですよ)」


 無数に投稿されている動画の中。特に伸びが良い統苑会関連の動画の中でも、自分と近衛鋼鉄に関する動画の場合は再生数の桁が一つ二つ違う事に気が付いて、やれやれと呆れる鹿謳院。


 盗撮動画を投稿されている事に不愉快な思いを抱きながらも、マウスカーソルが自然と動いて動画を再生する。特に意味があるわけでもなくて、何か意図があるわけでもないが、鹿謳院が自然と再生した動画は近衛が映っている動画。


「(あらあら。近衛君も完全に意識の外から盗撮をされているようですね。強力な共感覚を持つとされる近衛鋼鉄と言えど、スマホ越しの視線を全て感じ取る事は出来ないのでしょう。このような近距離で撮影されているのに何と無警戒な事でしょうか)」


 そんな事を考えながらも、鹿謳院は動画の中の近衛をマジマジと観察する。


「(……なるほど。普段注視する機会がなかったので今まで気が付きませんでしたが、確かにこの男の容姿は美しい。それも歳を経る毎に磨かれている気がします。セレナが副会長を推してしまう事も無理からぬ話なのかもしれません。あと数年もすれば一鉄様のようにもなるのでしょうね。性格は別にしましても、容姿が優れている事は認めてあげましょう)」


リリンクに投稿されている動画の中で、近衛が映っていると思われるものを次々に再生していく鹿謳院は画面に映る男に対して憎々し気な視線を送る。


「(何が国宝級の美男子ですか。民衆の多くは容姿さえ良ければその他の問題に目を瞑り過ぎなのです。美少女や美男子を嫌いになれとは申しませんが、もう少しその内を見る努力をして欲しいものです。何故に私がこのような男と並び評されなければならないのですか。甚だ遺憾です。全くもって遺憾です。度し難い愚考です)」


 心の中でプリプリと怒る鹿謳院。そんな彼女の視線の先にあるのは『芸能人?一般人?史上最強の美男美女カップル発見!』と言うタイトルの動画。


 赤のドレスを身に纏った自分と黒のタキシードを着た近衛が並んでいる姿を撮影した動画を見て、自分と近衛がカップル扱いされている事に御立腹なのか、机の下で足をペタペタと動かす。


「(ですが……そうですね。私がこのような衣装を着る事はもう二度とないでしょうから、貴重な体験をした記録として保存しておく価値はあるかもしれませんね。ついでにマンダリナの衣装の参考として、こちらの男の衣装も一応保存しておきますか。マンダリナに似合いそうですから、一応ですけれど)」


 不当なカップル扱いに憤慨しながらも、自分と近衛が良い感じにツーショットになった場面で動画を一時停止した鹿謳院は画面をキャプチャ。二人だけが並ぶように良い感じに画面をトリミングして保存すると、すぐさま自分のスマホに画像を転送した。


「──先程から何をニヤけている、気色の悪い。仮にも統苑会の会長であればどのような時も気を緩めるな」


 しかし、別に全然嬉しくなんて思っていない鹿謳院が画像を転送した直後、部屋の中に居た男に話しかけらえれてしまった。


「誰もニヤけてなどおりません。それと、仮ではなく私は歴とした統苑会の会長です」


「おお、そうであったな。余りにも威厳がない故、失念していた」


「それはそれは、随分と記憶力の良い頭をお持ちなのですね。良い脳外科医を紹介致しますよ」


「それは助かる。代わりに俺からは良い整形外科医を紹介してやろう。皮肉ばかり言う口も少しは良くなるだろう」


「……副会長には言われたくありません」


「……俺とて貴様に心配される筋合いはない」


 パソコン画面から視線を持ち上げた鹿謳院と本から目線をズラした近衛が、バチンと視線をぶつければ統苑会執務室には冷たい空気が流れる。


 だが、もちろんそれも一瞬。両者共に目の前の相手に必死になって構うつもりもないので、すぐに視線を逸らすと各々のやりたい事に集中し始めた。


「(全く、本当に不愉快な男です。私が鹿謳院家の頭首となった暁には必ずや土下座させて靴を舐めさせるとして、召使として飼殺す事も視野に入れましょう)」


「(さっきからパソコンを見てニヤけたり眉を顰めたりと。キレているのか楽しいかよくわからん奴だ。聖桜祭が終わって気が緩んでいるのではなかろうな。統苑会の会長ともあろう者が嘆かわしい)」


 聖桜祭で一時的に共闘したからと言っても、二人の日常は何も変わらなくて、二人の在り方も何も変わらない。


 目の前の相手がお互いにとって目の上のたん瘤である事は変わらない。


「(……とは言いましても、まあこう言う男が一人くらい居てもいいのでしょう。この私と対等に渡り合える存在など精々がこの男くらいですからね)」


「(……だが、聖桜祭で再びこの俺に膝をついて尚変わらぬこの女の姿勢は評価に値する。この俺を相手に幾度となく立ち向かうのはこの女くらいだからな)」


 そして、目の前の相手が自分にとって唯一無二の好敵手ライバルである事実も変わらない。


 二人の関係はきっと生涯変わる事が無いのだろうと、鹿謳院も近衛も周りの誰もがそう思っていて、このまま日常が続いて行くのだろうと誰もが考えていた。


「(──……あら? この動画に映っている副会長のスマホ画面…………え?)」


 けれど、どんな関係も、どんな物事も、ちょっとした切欠で変わっていくのが世の常。


「(こ、これ! これ……これ、え? え? これ、解像度が低くて判別できませんが、楽園の旅人(エデンズウォーカー)の画面では……ないの、ですか?)」


 パソコン画面に映る動画の中。


「(え、ま、待ってください。待ちなさい。落ち着くのよ。落ち着きなさい、鹿謳院氷美佳。思考を絶やしてはなりません。この画面が意味する所をまず考えるべきでしょう)」


 鹿謳院氷美佳が画面端に小さく映る近衛鋼鉄が手にするスマホ画面を見つけてしまった事で、この先ずっと変わる事がないと思われていた二人の関係に変化の時が訪れようとしていた。


「(なんだ、鹿謳院の奴。先程からパソコンで何を見ているんだ、あの女。顔を青ざめたり赤らめたりと忙しい奴め。他者に感情を気取られるような表情をするなと、何度言えばわかるのか。全く、これだから落ち着きのないお喋り女は……)」


 鼻から大きく溜息を吐き出した近衛が読書に没頭し始めた一方で、かつて自分が投げ捨てたはずの可能性を再構築し始めた鹿謳院が徐に口を開いた。


「ふ……ふく、会長……?」


「なんだ?」


 そして、美しい顔を朱色に染めた鹿謳院が遠慮がちに近衛に話しかけた時、新たなステージの扉が開かれる事となった。


 近くて遠い、遠くて近い。仲良し夫婦の探り愛はこれからも続いていく。


 けれど、いつも統苑会に満ちていた張り詰めた空気がこの日、フワリと柔らかなものへと変わった事も確かだった。

STAGE.Ⅳ『百折不撓のシンフォニー』のクリア、おめでとうございます!

仲良し夫婦の探り合いはこれからも続いていきますが、誠に勝手ながら宣言通り物語はここで一区切りとさせて頂きます。


このような拙い作品に目を通して頂いていた数名の読者様に感謝を贈るすると共に、物語を途中で終わらせてしまう勝手を謝罪致します!


駄文拙文に誤字脱字とその他にも色々と変わった書き方を試した作品でもあった為、大変読み苦しかったかとおもいますが、STAGE.Ⅳまで楽しんで頂けた方が少しでも居てくだされば幸いです。

次回作ではもう少し多くの方々に楽しんで貰えるような作品を目指したいと思います。


約一年間、ご愛読ありがとうございました!

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